
父が教えたこと
父から教わったことを思い返すと、大きく分けて2つ。
ひとつは「身の丈の生活をしろ」。
もうひとつは「糖尿病は本当に恐ろしいぞ」という、身をもっての実演付きレッスン。
たぶん父は私に何かを教えるつもりなんてなかったと思うんですが、結果的にこの2つは私の脳内にガッツリ刻まれてしまったわけです。
今日はその2つをちょっとだけ語らせてください。
身の丈の生活って、意外と難しい
「身の丈の生活をしろ」なんて、言葉だけ聞けば当たり前すぎて、むしろ標語か?
と思うほどなんですが、これがまた難しい。
今の時代、借金なんてスマホでピッ。
やろうと思えば“なんちゃって成功者”くらいは簡単に演じられるんですよね。
高級マンションに住んで、高級車に乗って、SNSでキラキラした生活を発信して「どうだ俺は成功者だぞ」みたいなマウント合戦。
やろうと思えばできるでしょ。
私だって会社経営してますから、借金すればそれっぽく見せることはぜんぜん可能です。
でも、やって何の得があるのか?
……全く無いんですよね。
むしろ見栄って、自分を破滅に追い込むための“自爆スイッチ”みたいなもの。
私はそういう人を社会人になって何人も見てきました。
ある経営者(?)に相談を受けたことがあるんですが、まあ口から出まかせのオンパレード。
案の定、半年後には支払いもせずに消えました。
未収金の帳簿を見るたびに「ああ、あの人ね」と思い出すレベルです。
そういう人って、話してるとすぐ分かるんですよね。
父の「身の丈の生活をしろ」という言葉は、そんな経験を経てますます重みを増していきました。
糖尿病は“脳の病気”でもある
もうひとつの教訓は、父が身をもって教えてくれた糖尿病の恐ろしさ。
私が初めてその恐怖を知ったのは、父が低血糖で倒れた夜。
母から「様子がおかしい」と電話があり、電話口で父は寝言のように叫び、正気ではなく、まるで別人のような声だったんです。
救急車で運ばれ、ブドウ糖を注射したら数分で元通り。
「え?今の何?」というレベルで戻るんです。
これが低血糖症。
当時の私は完全に無知でした。
父はインスリンを1日4回打っていました。
つまり、体が自動でやっている血糖値の調整を“手動”でやっている状態なんです。
そりゃズレれば危険にもなるわな。
そして糖尿病は、ただの身体の病気ではなく“脳の病気”でもあると私は思っています。
脳は砂糖が大好き。
スイーツを見れば誰だって食べたくなる。
今は24時間いつでも甘いものが手に入る時代です。
脳が誘惑に勝てるわけがない。
父は家族の制止を振り切って食べ続けました。
本人は「制御してるつもり」なんですが、周りから見ると全然制御できてないくらいの量なんです。
常に空腹感があり、常に満腹を求める。
これが糖尿病の恐ろしさなんですよね。
食欲という“欲”が苦手になった理由
私は食べ物にほとんど興味がありません。
飲食店に並んでいる人を見ると「そんなに食べたい?」と不思議に思うほど。
なぜそうなったかと言えば、子供の頃から父の糖尿病による“食べ物との戦い”を見てきたからでしょう。
食べることが好きな人を見ると、どこか卑しく見えてしまうんです。
もちろん、そんな価値観は良くないと分かっているんですが、どうしてもそう感じてしまうんです。
テレビで美味しそうなものが紹介されて、それを食べに行く人を見ると「欲に支配されてるなぁ」と思ってしまう。
性欲より食欲の方が厄介に見えるくらいです。
でも、父の「何でもほどほどに」という教えは、確実に私の中で生きています。
父が教えてくれたのは、 身の丈の生活をしろ そして 糖尿病の恐ろしさを忘れるな という2つなのかな?
どちらも、私の人生の“土台”になっていることは間違いないでしょうね。
以上


