
墓の問題
この問題はなかなか縁遠いようで近いですよ。
この機会に考えてみてください。
それが「お墓」なんです。
私には引き継ぐ子供が居ませんので、父が眠るこの墓をどうするか?という問題がこれからの課題です。
いずれ母も入りますが、それがいつになるか分かりませんので、できれば私が元気なうちにいろいろ準備したいです。
私も今年で57歳ですから、昔で言えばいつ死んでも良い歳なんです。
「歳取ったなあ~」という感じがしませんが、こう言うことは何かのきっかけでガタガタっときます。最近ニュースで50代や60代の方が亡くなっていますよね。
備えあれば憂いなしです。
とにかく、いつ死んでも問題無いように生活はシンプルにしておくことが今の時代は重要だと思いますよ。
こういうニュースがありましたので紹介します。
本当に面倒な世の中です。
自分で頭で考える
仏事は自分で学ばなければ誰も教えてくれませんし、正解がないです。
自分が理解していないものには必ずと言って良いほど詐欺師たちがうじゃうじゃいるんです。
「こういえば不安になる」などのマニュアル化されたものなどありますし、良い例が葬儀社などがそれだと思います。
中には良心的な葬儀社も居ますが、大半はその仕組みを悪用したものだと想像できると思います。
だからこそ、しっかり自分で考えて、動かなければならないのでしょう。
私は父が他界した時、自分の宗派である浄土宗の法然の「南無阿弥陀仏」からいろいろと学びました。学ぶということは良いことで、今では独自の考え方を持ち、それで進んでいます。
標準的な昭和的考え方は捨て、令和の自分の考え方で進めると良い結果がでますし、それが親孝行というものです。
佛をどう考えるか?
何やったって罰は当たりません。
罰が当たるか、当たらないかは自分の中のことで、自分がこれで良いと思えば、罰は当たらないんです。
それが令和の考え方です。
話を戻しますが、私のお墓は霊園ですので檀家などありません。当時、檀家に入らなければならないということをいろいろな人から言われましたが、結果私の考えで「霊園に入った以上、檀家に入る必要はない」と突き進みました。
これが正解です。人から何と思われようが自分を信じることです。
今のシニア世代も「檀家」の意味すら解っていない人が多いです。
そういう意味でも経験豊富な白髪のシニアの人が仏事を解っているかと言えばそうではありません。
年配者の話が正しいということは決してなく、参考にする程度で良いのです。
そういう考え方の人もいるよねェ~という程度で最後は自分の考えで前進して下さい。
どこまで継承するか?
私のように子供が居ない夫婦や独身の人、子供が女の子だけの家庭もいつかはこの墓問題に直面すると思います。
亡くなった人を偲び、悲しみ、死を悼む心があればこの法事は大いにやるべきと思いますが、どこをみても形式的なもので日頃は蚊帳の外でしょ。
これがダメなんです。
私の考え方を言えば、故人は心の中で尊ばれるものであり、表に出すものではなく、仏事とはお金をかけてするものではないです。
それをしている人は完全に法事ビジネスに乗っかっているだけです。
それが浄土宗の法然上人の考え方ですので、是非宗派の考え方を学び、行動に移してください。
罰当たりと言われても良いじゃないですか!
法事ビジネスはプロパガンダのようなものでそこに欲がありますので、本来佛とは違った世界ということを学んでください。
本当に後世の事を考えるのであれば自分の世代で考えてあげることが重要なんです。
とにかく、私には不動産もあり、いろいろ面倒なことを元気なうちに済ませておきたいです。
以上


