ストーカーから本当に守ってもらえるの?

日常の話

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ここにも時代の流れがある

昨日、テレビで未解決事件を扱う番組を見ていたのですが、その中でストーカー事件が紹介されていました。

今日はこの番組に対しての感想を書いてみます。

こういうテーマがメディアで取り上げられると、どうしても「悪」として一気にスポットが当たり、社会全体の空気が変わっていくものです。

もちろんストーカー行為は許されるものではありません。

ただ、そこだけが強調されすぎると、別の歪みが生まれてしまうのではないか…そんな違和感を覚えました。

「増えている」の裏側

なんとなく「ストーカー被害は増えている」という印象がありますが、実際の相談件数は減っているようです。

データは警察庁の公開資料にあります。

SNSが普及する前は情報が表に出にくかっただけで、昔から一定数は存在していたはず。

それが可視化され、メディアで扱われることで“増えているように見える”という側面もあるのかもしれません。

でも、世の中は「警察の怠慢」という構図が独り歩きし、法律を変えようとしています。

これ正常な世の中?

法律で縛ることの危うさ

よく言われるのが「法律がないと警察は動けない」という話。

これは事実ですし、だからこそ法整備が進んでいくわけですが、すべてを法律で縛る社会は健全とは言えません。

例えば、しつこい電話やメールが刑法に抵触するようになれば、借金の取り立てや家賃滞納の督促も“ストーカー扱い”になりかねません。

では、正当な権利を持つ側(大家さんなど)はどうすればいいのかという問題になります。

法律は弱者を守るためのものですが、弱者がそれを悪用した場合、別の問題が生まれてしまいます。

警察だけで無理

複雑化した現代社会で、警察がすべてのストーカー事案に適切に対応できるのか。

正直、私は難しいと思っています。

もし自分が警察官だったら、ストーカー案件にはできるだけ関わりたくない…そう感じてしまうほど、扱いが難しい問題です。

だからこそ、公務員だけで抱え込むのではなく、民間の力をもっと活用すべきではないでしょうか。

男女間のトラブルを法律だけで解決するのは、どう考えても限界があります。

「恐怖」は消えない

仮にストーカー規制法が強化され、事件前でも警察が動けるようになったとしても、軽犯罪である以上すぐに釈放されます。

被害者の恐怖は何も変わりません。

加害者が生きている限り、被害者の恐怖は終わらないのです。

これは現場を見ている人ほど痛感しているはずです。

民間警護

たとえば、民間の警護会社に依頼し、警察は後方支援に回る。そんな新しい構造があってもいいのではないかと思います。

AIに聞くと教えてくれますが、普通の警備会社がやっているサービスです。

これではダメなんです。

非現実的なことかもしれませんが、映画でいう「傭兵」的な感じで、どこか社会から疎外された人間集団がお金を出せば対応してくれる警備集団です。

ストーカー本人が怖くなってしまうくらいの威圧感。

まさに悪役スター的なガードマンです。

もちろん、その費用も高額だと思いますが、確実に守ってもらえます。

そうですね、バックに暴力団的な影もある人が良いかもしれません。

何だったら、暴力団が経営する警備会社なんかよくないですかね。

若手の組員が数名で警護する。

ストーカーも怖くて近寄れなくなるでしょう。

この根底には「何でも無料(税金)でやってもらう」という考え方が、もう限界に来ているということなんです。

本当に守ってほしいなら“投資”という発想が必要な時代かもしれません。

ちょっと極端かもしれませんが、そういう時代と私は思います。

「守られる」という感覚

そう考える背景には先日、福岡県警の筑紫野警察署に行ったことです。

雰囲気はほとんど町役場。

「ここ、本当に警察?」と思うほどでした。

少子高齢化の影響もあり、警察組織も民間企業と同じように“ぬるい環境”になりつつあります。

それは人の表情を見れば解ります。

だから警察での不祥事が絶えないのだと思います。

ここも、若い人に甘いのだと思います。

だからこそ「警察24時」のような番組で啓蒙活動を続けているのです。

やたら多いと思いませんか?

もしかすると、「警察が守ってくれる」という時代は、もう終わりに近づいているのかもしれません。

本当に守って欲しいのであればその対価を支払うということが必要な時代なのでしょう。

以上

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