
難しい選択
今日の表題は少し重たそうに見えるかもしれませんが、そんな深い話ではありません。
さらっと読んでください。
ふと思ったことをそのまま書き留めておきたくなっただけです。
身近、若い人が、借金に苦しんでいるニュースを聞くんですよね。
どこにでもある話と言えばそれまでですが、やはり気になるものです。
さて、今日の本題に入りますが、こういう時に親は助けるべきなのか?
ここ気になるところです。
最近は「子どもの借金を親が肩代わりしてはいけない」が一般論と思います。
理由は簡単で、肩代わりすればまた繰り返すから。
確かにそれは“マニュアル的”には正しいのでしょう。
でも、私は少し違う視点を持っています。
借金は「依存」の一種なのかもしれない
借金という行為は、私にとっては依存症と同じくらい怖いものです。
お金を借りてまで何かをしたい──その衝動は、ゲーム依存や買い物依存と同じ構造を持っているように思えるからです。
視点を整えて見れば全てに当てはまります。
今の若者を取り巻く環境は「依存」を生みやすい。
これなんです。
オンラインゲーム、オンカジ、SNS、買い物、車、趣味。
そして驚くほど簡単に借金できてしまう時代でもありますから、敷居自体が低くなっているのです。
では、返せなくなったらどうするのか。
最近は自己破産すればリセットされますので、その方向に進んでいるみたいです。
そういうことを知らない人はせっせと返していくのでしょう。
でも、親は関係ないと言い切れるのか。
借金の「理由」よりも大事なこと
私が考えてほしいと思うのは、 「なぜ借金をしたのか?」という根本の部分です。
お金がないから借りた──それは表面的な理由です。
本当に借りなければならない状況だったのか。
借金に至るまでのプロセスにこそ問題があるのではないか。
例えば、大きな買い物をした時にそれが必要だったのか?という問題です。
この必要か?必要ではないか?
つまり借りれば収まるという安易な価値観は幼少期に備わるものですから、その多くは家庭環境にあると思うんです。
親にも責任があるという視点
借金をしたのは成人した子ども自身。
確かに後始末は自分でしなければならないでしょう。
しかし、その人間形成をしたのは間違いなく親たちなんですね。
お金に対する価値観は、幼少期に家庭で育つものですから、勝ってに身に着いたものではないと思っています。
親が簡単に借金するタイプなら、子どももそうなる可能性は高いですし、ギャンブル家庭であればお金の価値は低くギャンブルに走るんです。
それを「子どもの問題」として切り離すのは、あまりにも無責任ではないでしょうか。
「三つ子の魂、百まで」と言います。
ただ、ここからが重要で、その価値観のまま成人になり、若い時に多くの失敗を繰り返していけば学習しますので悪いと認識すると思います。
返せない額の借金はしないでしょう。
それが無かったら、大きく影響するはずなんです。
親は関係ない?本当にそうだろうか
「借金したのは本人の問題だろ!親は関係ない!」 そう言い切る人もいます。
もちろん、間違いではないです。
でも私は、そこに強い違和感を覚えます。
当然、過去は変えられません。
しかし、子どもが苦しんでいるなら、その価値観を作ったのも親ですから、一緒に苦しんで解決策を探すということが重要じゃないですかね。
── それが愛情ではないかなあ~と思います。
もちろん、甘えさせすぎればリセットされて繰り返すということもありますが、そうならないように考えるのです。
だからこそ借金問題は難しいと言われています。
私の自論で言えば、「お金で解決できることであれば問題ない」がありますが、こればかりは何とも言えないです。
お金のトラブルはお金で解決できますが、やり方を間違えればそれは繰り返すんです。
ですから簡単な話ではありません。
ただ、「親は関係ない」という考え方だけは、どうしても違うと思うんですよね
以上


