
思考のバイアス
令和になってから、本当にいろんな人が、いろんなことを思いつくようになりました。
逆に言えば、それこそが“令和らしさ”なのかもしれません。
ネットの発達、人間の進化、そしてその裏側にある人間の劣化。
「もっと便利に」「もっと簡単に」という欲が、今の時代をつくっているのだと感じます。
私はよく「令和の時代にそれは無いだろう!」なんて言い方をします。
そう、令和って特別なんです。
自動運転やAIが実用化され、人間が働かずロボットが働く──そんな世界が現実になりつつあるのですから。
今日は、そんな令和という時代について少し書いてみます。
働き方も価値観も、昔とはまったく違う
このブログでは、働き方やお金の稼ぎ方についてよく触れています。その内容からも分かるように、今と昔では発想がまったく違うし、考え方そのものが大きく変わりました。
そんな中、あるキャッチ動画が目に飛び込んできました。
広告の手法そのものが変わってきたことを象徴するような動画です。
その中で「ホメオスタシス」という言葉が出てきます。
適切かどうかは別として、私はこれを“思考のバイアス”と呼んでいます。
子どもの頃から親の価値観で育つと、それがいつの間にか自分のバイアスになる。
最近の若者の就職先人気1位が公務員というのも、そうしたバイアスの影響なのかもしれません。
良い悪いの話ではなく、その“バイアス”が少し怖いのです。
令和という時代に、公務員が就職したい会社の1位ということに驚いてしまうのです。
人生には答えが無い
動画の中で「楽観」という言葉が出てきます。
38歳で起業した私には、この“楽観”という感覚がありませんでした。
あったのは、石橋を叩いて渡る慎重さだけ。
これもサラリーマン家庭で育ったバイアスでしょう。
だからこそ、私にはマイクロ法人という生き方が最適だったのだと思います。
では、“楽観”が備わっていない人はどうなるのか。
動画では極端な表現で「みんなと同じ安牌を選び続け、そのまま落ちて行く」と言っています。
安牌とは麻雀で“安全な牌”のこと。
そこから転じて、リスクの少ない無難な選択肢を指す言葉です。
確かに、私の周りのサラリーマンを見ていると、企業の家畜のように見える瞬間もあります。
もちろん、全員がそうというわけではありません。
私が思うに、ここで言う“落ちて行く人”とは、人生を損得で考えてしまう人たちのこと。
人生は楽しむものであって、損得で判断するものではないはずなのに、他者との比較で生きているから迷走してしまう。
所詮、人生なんてそんなものなのかもしれませんが、バイアスとは怖いものです。
何度でもチャレンジできる時代
ただ一つ言えるのは、たとえ人生で落ちたとしても、またチャレンジできるのが令和の特徴だということ。
だからこそ、何を信じて、何を信じないのかを自分で考え、自分で決める。
それが人生の面白さなんだろうなあ、としみじみ思います。
以上

