
ライフスタイルと会社
私は2007年、個人事業としてスタートしました。
家賃3万の企業の中の一角を間借りです。
それからワンルームマンションに移転して2010年には法人化し、2016年には念願のオフィスも構えることができました。
この流れは、すべて自分のライフスタイルに合わせて会社を育ててきた結果です。
社員を雇わず、人手が足りないときはすべて外注を使うという、徹底して“雇用を持たない”スタイルを貫いてきました。
この10年間で、自分にとっての働き方や価値観がはっきりと見えてきた気がします。
「自由に働きたい」
起業した当初は、「自由に働きたい」という思いが強かったはずなのに、いつの間にか「売上や利益をどう伸ばすか?」という問いにすり替わっていたことに気づきました。
会社を成長させることは、自分自身を知ることでもある。
そんなことを、今日は少しだけ書いてみたいと思います。
好きな仕事だけでは限界がある
2007年以降、Web開発やサーバー事業など、好きな仕事を自由にこなしていました。
でも、ある時ふと「これだけじゃ限界があるな」と感じたんです。
それはweb業界とはいわば広告業界と一緒でチャラかったのです。
真面目にコツコツというより、騙して成り上がってやる!という業界でもあったんです。
IT業界とはちょっと違っていました。
ですからモチベーションの限界を感じたんです。
当時メインで関わっていた化粧品の通販会社は、CMも放映し、年商200億円を超える規模。
広告代理店には博報堂が入り、周囲の会社も急成長していました。
副社長とのコネクションを活かして仕事を受けていた私も、48歳を迎えた頃に「このままでいいのか?」と考えるようになったのです。
そして気づいたのは、「依存体質になっている」ということ。
安定は、成長を妨げる
仕事が湯水のように流れてくる状況は、一見安定しているようで、実は成長を妨げ、自由を奪う要因にもなります。
癒着や忖度が生まれ、気づけばサラリーマンのような働き方になっていたんです。
自分に合った生き方
私は「厳しい道を選ぶ」ことをしたわけではありません。
ただ、「こういう生き方は自分には合っていない」と気づいただけなんです。
人よりも深く知ることで、誰かの役に立ちたい。
そんな思いがずっと心の中にありました。
それって、医者や弁護士のような「頼られる仕事」なのかもしれません。
差別化が消えた世界で
Web事業がまだ普及していない時代は、企業から頼られる存在でした。
でも、技術が普及すると、誰もができるようになり、そこには「スピード」と「競争」しか残らなくなってしまったのです。
どれだけ早く、安く、クオリティ高くできるか。
そんな世界では「差別化」が消えてしまうんです。
私はその競争の中で生きていけるタイプではないと悟りました。
求められるビジネスを
だからこそ、差別化できて、人から求められ、しかも楽しみながらできるビジネスを作りたい。
そう思って、通販会社の仕事を一旦縮小しました。
そして2017年から試験的に始めたのが「再生部品ビジネス」なんです。
存在しないPCメーカーの部品専門店が頭に浮かび、その準備を少しずつ始めていた時期でもあったんです。
コロナ禍で爆発的な需要に
2020年、コロナ禍を機にこの事業は爆発的な需要を得たんです。
変なもので試験的にヤフオクやメルカリでためていた部品の山もみるみる減り、仕入れが追いつかなくなりました。
あらゆる修理店からの問い合わせがあり、ネット界では完全に認知されるようになったのです。
実はこれ、2005年から書いていた分解・修理ブログからユーザーが入ってきていたんです。
それを知って、「これは本格的に事業化できる」と思いました。
こんなふうに、自分の働き方を見つめ直しながら、会社を育ててきました。
これからも、自分らしいスタイルで、誰かの役に立てる仕事を続けていきたいと思います。
以上
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