
自覚が必要
私は1995年に公開されたサンドラブロック主演の「The internet(ザ、インターネット)」という映画を観ました。
これは面白かったですね。

主人公のサンドラブロックがホワイトハッカーの役を演じて、何かのきっかけで犯罪者に仕立て上げられるというサスペンス映画です。
近未来な社会描写が何となく面白くもあり、怖くもありと今でも鮮明に憶えています。
あれから約30年経過した今はどうでしょうか?
どことなく似ているような気がします。
AIの仕組み
私は丁度同じ頃にAIの研究をしていました。
AIの基礎と言いますか、EWSを使ってプログラミングしていたのです。
当時はハードウェアが対応できずインプットしてからアウトプットまでに3日要していましたのでほとんど使い物にならなかった記憶があります。
その仕事は立ち消えになりました。
それから30年くらい経って今はどうか?
AIという言葉が浸透しましたが、その脅威は当時の数万倍だと思います。
正直、私は人工知能がここまで普及するとは思わなかったです。
あくまでも一部の研究機関の中の物語と思っていましたが、ここまで一般化されると思わなかったのです。
これは半導体を含むハードウェアの急速な進化が原因です。
警鐘を鳴らします
テクノロジーの進化は人間を退化させるだけはなく、人間が秘めている邪悪な心を蘇らせることもできます。
昨今のタブーとされている事件などがそれだと思います。
例えば、先日の教育者が子供のわいせつ画像を収集していたことなどです。
教育者が教え子を食い物にしていた行為は絶対にタブーですし、倫理の基本中の基本じゃないでしょうか?
ただ、このテクノロジーが教員たちの邪悪な心を犯罪へと誘導していっただけなのです。
誰だって邪悪な心くらいは持っているかもしれませんが、テクノロジーが無ければこんな事件は起こらなかったんだと思います。
仮に起こったとしても逝かれた教員の単独犯で終わっていただけで、ここまで社会に衝撃を与えなかったでしょう。
今回の事件で子供たちはもちろんのこと父兄に関しても教員が信じられなくなっていると思いますが、教員だけではなく人間が信じられなくなったと思います。
心に与える影響は殺人事件に匹敵するのだと思いますね。
単なる軽犯罪で済ませて良いのでしょうか?
ここは大きな議論になると思います。
私はインターネット社会を否定もしませんし、肯定もしないのですが、要はこれから起こるリスクを考えて行動しなければならない時代になったのだと思います。
SNSなどのツールは使い方を間違えると時に暴走するということを理解する必要があります。
ツールに使われないように自分の考えを持って行動することが重要なのです。
以上


