べきだ人生からの脱退

働き方

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普通って何?

何気なくネット記事を読んでたら同世代の人が人生の壁にぶち当たってもがき苦しんでいる記事がやたら多いです。

そういう年代なんですかね。

その記事では「何のために生まれてきたか?」

解らなくなった50代の人が多いらしく、ちょうど子育てが終わった頃や両親の他界という転機で波が襲ってくるみたいです。

私も最近何となく同世代の人と話すとそれを感じます。

「希望?」というか、何となく生きている感じを受けます。

マイホームも持って、子供も成長して、何不自由ない普通の人生を過ごしているように見えるのですが、何となく寂しさを感じるんです。

無理というか?背伸びしている感じなんですよね。

今回は私が「人生を自分で選ぶ」と決めた瞬間についてちょっと書きたくなったので書いてみます。

あれは2007年のこと。

当時、私は東芝グループの会社でサラリーマンをしていました。

通信業界の競争が激化し、会社はある事業の失敗で経営不振になり、そのしわ寄せは、やっぱり社員だったのです。

そしてある日、本社への転勤辞令が出ました。

その瞬間、ふと頭をよぎったんです。

「自分の住む場所を、なぜ会社が勝手に決めんだよ?お前の事業の失敗だろ!」

こんなことはサラリーマンのルールとしては常識なんですが、当時そう思ったことは憶えています。

この疑問が、私の人生を大きく変えるきっかけになりました。

天秤にかけた未来

当時、私は副業でWeb開発をしていて、妻の名義で個人事業も立ち上げていました。

本業の収入同等の収入もあり、二刀流?(笑)で副業では企業から求められ楽しかったんですね。

そんな中で、ふと考えたんです。

「サラリーマンと個人事業、どっちが自分にとって幸せなんだろう?」

もちろん、損得で言えば、そりゃあサラリーマンの方が安定しているので得です。

当時は「腐っても鯛」と言われる東芝グループだったからですね。

給料も悪くなかったです。

でも、ふと自分に問いかけたんです。

「自分は、東芝グループで働くために生まれてきたのか?」

というより、1回の人生チャレンジしてみたら良いんじゃないのかな?

その瞬間、何かがパッと開けた気がしました。

べきだ人生

思い返せば、私の人生はずっと「なんとなく」でした。

なんとなく勉強して、みんなが行くから大学へ進学し、褒められたいから大企業に入り、ブランドみて転職を決める。

全部、周りの目を気にして選んできた人生だったんような気がします。

でもその時、初めて「自分の足で生きたい」と思ったんです。

何かに依存せず、誰かに頼らず、自由に生きたいと強く思いました。

当時副業でしていたweb事業の収支計画で妻を説得し、泥船かもしれないけど、自分の船で大海原に漕ぎ出した感じなんです。

べきだ人生からの脱退宣言

私が脱出したのは、「べきだ人生」からです。

「30歳なら結婚すべき」「良い年だから家は買うべき」「サラリーマンだから出世すべき」

幸せな人生の演出です。

そんな“誰が決めたのか分からない常識”に、私もずっと縛られていました。

周囲を見れば、誰かが結婚すれば焦って結婚し、車を買えば自分も買い替え、出世できない自分を他人のせいにする。

でも、そんな人生って本当に自分のものなんでしょうか?

サラリーマンってなんだ?

結局は会社と社員、親と子、一緒じゃん!

見た目普通なら良いのか?

これって自分じゃない自分を装っていたように感じたんです。

オリジナルの人生

38歳でその呪縛から解き放たれてから、私の人生はガラッと変わりました。

普通じゃない人生って、かなり茨の道でしたが、何となく生きてるって感じですね。

もちろん、最初は夢で生きていましたので、不安だらけで何度となく押しつぶされそうになりましたが、持ち前のポジティブな考えで生きてきました。

自分で選んだ道だからこそ、納得できるし、後悔もない。

今では、同じように“自分の人生”を生きている人に出会うと、すごく共感できるし、話していて何となく面白いんです。

私の妻も、独特な価値観を持っていて、よく共鳴し合っています。

毎日、経済の話や株の話、病気の話に精神医学の話、話題が尽きることがないんです。

これからも「普通じゃない人生」

結論から言えばサラリーマンを辞めて良かったです。

自由な時間と自由なビジネス。

そして好きなことで収入を得られる。

web開発で起業したにも関わらず、今は貿易染みたことをやっていますからね(笑)

ふと思えば、夢だったプラモデル専門店が、今ではそのIT版のPC部品専門店を経営していたということに驚きました。

こに部品ビジネスって全国の人から頼られるので遣り甲斐があり楽しく収入を得られます。

同年代のサラリーマン友人を見ても仕事が苦行ですからちょっと可哀そうです。

たぶん、60歳になっても、70歳になっても、身体が動く限り、私はこういう「普通じゃない人生」を選び続けるだろうなあ~と思います。

だって、それが私にとっての“幸せ”なんです。

幸せそうに見えなくても、本人が幸せでれば良いんじゃないですか?

これを読んでいる人は何歳からでも良いので、何でもチャレンジした方が良いと思います。

きっと死ぬ直前に「やって良かった」と思いますよ。

以上

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