
起業から16年。
たしか2007年8月、起業したのはその頃だったと思います。
まだ様子見の段階で、まずは個人事業主としてスタートしました。
そこから2年間は免税特典を活用し、2010年1月に法人化。
気づけば、法人として今年で16年目を迎えています。
この16年間、リーマンショック、サブプライム問題、コロナ禍、ウクライナ侵攻など、地政学的な波に何度も揺さぶられました。
それでも、なんとか事業を継続してこられたのは、いくつかの理由があると思っています。
今回はそれをちょっとだけ書きます。
起業ポリシーは?
私の起業ポリシーとしていろいろありますが、その中でも重視したものは自宅兼事務所はNGで必ずオフィス(事務所)を借りるということです。
小さいことですが、対外的に「事業に対する姿勢」がこれで判断でき、信用度が高まります。これは私が営業時代の零細企業を判断していた基準なのです。
自宅兼事務所は経費の面でメリットがありますが、公私混同というものが事業にとってどれだけ影響があるかが分かりませんので、ケジメを付けただけです。
これはどんな事務所でも良いですが、きちんと打合せコーナーがあり、デスクを置ける広いスペースを確保していることなんです。
どうでも良いことのように思えるかもしれませんが起業にはいくつかのポイントが隠されており、1つ1つクリアしていくことで、企業として成長していけるのです。
それと「お金に振り回される事業」をしないこと。
どんなに厳しくても毎月の支払いも、給与もきちんと期日通り。当たり前のことですが、意外と難しいことなんです。
これはお金に振り回されないという基準でもあります。
何だかんだ言っても経済は全てお金で動いているのですから、お金に振り回されないということが最も難しいのです。
ですから自己資金800万円でスタートした、この資金が、その緩衝材にもなり、精神的な自由をもたらしてくれたのだと思います。
たかが800万、されど800万です。
正直に言えば、事業して初めて解ったのですが、理想論では語れない現実がそこにはあるんです。
人情を感じた瞬間
本来なら、お客様や仕入れ先に助けられたと言うべきかもしれません。
でも、現実、世間は意外とドライで冷たく、そういう場面はほとんどありませんでした。
私は「落ちる会社は落ちる、上がる会社は上がる」
そんな社会の仕組みを信じています。
もし、私が「助けられる」ことが前提なら、間違えなく起業はしていなかったと思います。
ただ一つ、助けられたと感じたのは、ある化粧品通販会社との取引です。
湯水のように流れてくる仕事に、会社は潤いました。
それは人情に近いものもありましたが、それは企業間の信頼関係だったと思います。
与えられた仕事を、正確に納品する。
そんな当たり前のことが、やがて大きな信頼につながったんだと思います。
そうは言ってもきっかけは人情だったことを死ぬまで忘れないでしょう。
ニッチ市場へ
起業当初は、アプリケーション開発やWeb事業、システム開発などを外注で回しながら、東芝の開発担当だった妻を中心に、さまざまな仕組みを作ってきました。
そこで学んだのは、「ニッチ市場は競争にさらされず、生き残れる」ということです。
たとえば、東芝テックの流通部門との取引では、レジ導入後のラベルなどの消耗品が高利益商材でした。規格外のサイズなどは手に入りにくいからです。
複合機のカウンタービジネスも同様です。
開発業務やパソコン周辺機器など、いろいろなビジネスに挑戦しながら、リーマンショックの余波を乗り越え、業績は徐々に回復していきました。
可能性と限界
とはいえ、ストック型ビジネスは競争が激しく、価格変動も大きいビジネスです。
2020年のコロナ禍では、飲食店やオフィス中心の東芝テックのビジネスが崩壊しました。
経済とは何があるか分かりません。
売上は激減です。
そんな中、2017年から試験的に始めていた「再生部品事業」が、コロナを機に爆発的な需要を迎え、メイン事業へと成長したんです。
一挙に売り上げは右肩上がりで、会社の売り上げも救われました。
あれには驚きました。
まさに、ニッチ市場の力を実感した瞬間でした。
この事業にはマニュアルも仕様書もありません。
あるのは、私の部品仕入れのノウハウだけなんです。
だからこそ、究極のニッチ市場と言えるのかもしれません。
小さな会社が生き残るために
私の起業のポイントは、「労働の対価を収益にせず、常に付加価値をつけて販売する」ことが昔から変わっていないことです。
web事業も、システム開発事業も全てそれらがベースで進めてきました。
起業時は小さな会社で大きな収益を目標にしてきたため、小さな会社は、競争のステージに立ってはダメなんです。
常に特異なものにチャレンジし、大手が参入しないニッチ市場で勝負するしかないのです。
Web事業はその入口でしたが、システムのクオリティを上げるには優秀な人材が必要ですし、豊富な資金力も必要です。
ただ、私のような小さな会社では、それが難しいですし、皆無です。
だからこそ、早期に開発業務から撤退し、再生部品という新たなニッチ市場へと舵を切りました。
その迅速な判断も持続している理由の一つでもあり、小さな会社が大きな利益を持続させるには、ニッチ市場のトップを目指すしかないのです。
このように小さな会社はニッチな市場で生き抜いていく一方で、小さな会社の特質を生かし、どんな状況でもその舵を細かく微調整できる知識と決断力が必要ということです。
それが、私の16年間の結論なのかもしれません。
以上
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