パワハラの定義をもっと真剣に考える時期になっていると思う

日常の話

ニデック(旧・日本電産)問題

最近、ビジネス界ではニデック(旧・日本電産)の話題がやけに熱を帯びています。

パソコンのファンを作っているメーカーとして昔から馴染み深い存在ですが、今や“世界のニデック”。

ここまでの成長の裏側には、きっと語り尽くせないほどのドラマがあったはずです。

そんなニュースを目にするたび、私自身もいろいろと思うところがあり、今日は少しだけ書いてみます。

永守経営

ニデックといえば、やはり永守氏。

かつて“剛腕経営者”と呼ばれた人物で、個人的には好きです。

むしろ、あの時代の日本企業を引っ張ってきた象徴の一人だと思っています。

ただ、最近は何かにつけて「パワハラ」という言葉が飛び交います。

もちろん、行き過ぎた指導は問題ですが、定義が曖昧なまま議論されているせいで、必要な厳しさまで同じ土俵に並べられてしまうことが最近本当に多い気がします。

企業を成長させるには、時に強いリーダーシップが必要です。

だからこそ、今回の件を“永守氏個人の問題”だけで片付けてしまうのはやっぱり違うと感じています。

不正が正当化されるのか?

ある記事では、永守氏のプレッシャーに耐えられず不正に手を染めたという役員のコメントが紹介されていました。

しかし、これは本当に永守氏の責任なのでしょうか?

私は全く違うと思っています。

不正をするかどうかは、最終的には“本人の選択”です。

上司の指示があったとしても、毅然と断るという選択肢は必ずあるはずです。

もちろん、私の言っていることは正論です。

現実には、会社の空気や立場、能力、性格など、さまざまな要素が絡み合います。

それでも「不正をしても仕方ない」という理屈には絶対にならないのです。

突き詰めれば、これは“人事の問題”です。

その会社に、そこにいるべきでない人が多かったというだけの話なのかもしれません。

東芝の不正会計で見た「現場の苦しみ」

以前、東芝の不正会計問題が世間を騒がせたとき、私の知人もその渦中にいました。

彼はグループリーダーとして毎月の数字に追われ、半期の売上が足りないことで上層部からの圧力を受け続けていました。

そして、禁じ手とされていた“原価の操作”に手を出してしまったのです。

直属の上司の提案だったと言っていましたが、そんな証拠はどこにもありません。

皮肉なことに、その後彼は利益部門で表彰されました。

不正をして表彰される——そんな構造が積み重なって、あの大事件につながったのでしょう。

こうしたことは東芝やニデックに限った話ではありません。

表に出ていないだけで、多くの大企業で同じようなことが起きているはずです。

共通するのは「犯罪意識の欠如」と「人材の不在」

どの企業にも共通しているのは、社員に“犯罪をしている”という意識が薄いことなんです。

そして、適材適所の人事ができていないこと。

人間には向き不向きがあります。

だからこそ、適切な配置が必要なのに、それを見抜ける人材すら育っていない。

これは、長年人材育成を軽視してきた大企業のツケが回ってきているのだと思います。

日本という豪華客船も、今は舵取りが難しい時代に入っています。

企業も国も、これまでの延長線では生き残れない。

そんなことを、今回の一連のニュースを見ながら改めて感じています。

そこで先日観た「沈まぬ太陽」で共感を得たんだと思いますが、どこも腐ったミカンの方程式なんでしょうね。

以上

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