生活の外注化から現れる不安とは

日常の話

何でも外注する世の中

少し前に国会で話題になった「老後2000万円問題」。

あの騒ぎ、覚えている方も多いと思います。

あのニュースを耳にしたとき、皆さんはどう感じましたか?

私はというと、答弁の前後を詳しく追っていたわけではないのですが、マスメディアの切り取りが独り歩きして、人々の不安だけが膨らんでいく様子を、どこか遠くから眺めていたような気がします。

そこで浮かび上がったのが「老後不安」というテーマ。

今日はその“不安”について、少しだけ書いてみたいと思います。

なぜ人は「不安」になるのか

結論から言えば、人が不安を感じるのは、その先に“未知の世界”があるからです。

経験したことのない状況に対して、脳が拒否反応を起こす。

これは人間としてごく自然な反応です。

老後が不安になるのも同じで、「何年生きるかわからない未来」に対して、「これだけ蓄えておかないと暮らせない」という情報が流れれば、誰だって不安になります。

ましてやマスメディアが煽れば、考える習慣のない人ほど慌ててしまうのは当然です。

「外注社会」が不安を増幅させる

昔は今ほど“お金に依存”した社会ではありませんでした。

しかし今は、レジャーも買い物も食事も、あらゆるものが「外注」できる時代です。

外注とはつまり「自分でしない」ということ。

便利さの代わりに、お金が必要な生活構造になりました。

その結果、外注=お金がないと生きられないという方程式が脳を支配し、不安を増幅させているのだと思います。

極端な話、トイレの洗浄まで機械に外注する時代です。

便利さの裏で、人間が本来持っていた“自力で生きる力”が薄れているのかもしれません。

私が39歳でサラリーマンを辞めたときの話

私は39歳でサラリーマンを辞めました。

それまでは完全に「会社に依存する脳」になっていて、会社からお金をもらえなければ生きていけないと思い込んでいました。

だから退職を決意するまで、本当に不安でした。

未知の世界に飛び込むのが怖かったんです。

でも、いざ辞めてみると、「世の中って意外と単純だな」と感じるようになりました。

テクノロジーの発達で、会社に属さなくても自力で稼げる環境はすでに整っていたんです。

それに気づいた瞬間、不安の正体がスッと消えていきました。

今では大儲けこそしませんが、同年代の平均年収くらいは普通に稼げています。

サラリーマン思考と事業者思考の違い

サラリーマンの思考は、どこか「親と子」の関係に似ています。

“親(会社)がいなければ生きていけない”という依存構造ができあがってしまう。

だから会社に見放された瞬間、どう生きればいいかわからなくなる。

思考を会社に外注しているからです。

一方で、事業をしている人は年齢に関係なく視点が違い、人間としての深みを感じます。

自分で考え、自分で動くからこそ、成長があるのだと思います。

未知の世界に挑戦することの価値

転職や起業のように、未知の世界に一歩踏み出すことは、人間としての成長につながります。

外注に頼らず、自分の力で考え、行動する。

それこそが本来の人間の姿ではないでしょうか。

不安は、未知を前にした脳の反応にすぎません。

一歩踏み出してみれば、案外シンプルな世界が広がっているものです。

以上

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