君子危うきに近寄らず

日常の話

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賢く生き抜くには

「賢者は決して何も言わない」そんな言葉を以前ブログに書いたことがあります。

賢く生き抜く人は、周囲に惑わされず、自分の考えを持って歩んでいくもの。

特に今の時代、スマホやSNSといった有害なメディアに振り回される人は少なくありません。

だからこそ、自分を持っているかどうかで人生は大きく変わるのだと思います。

ただ、そういう人は孤独や孤立を感じることもあるでしょう。

でも、それもまた人生。

むしろ孤独を楽しめるのは賢者の特徴かもしれません。

無理に人に合わせるより、自分の道を選ぶことこそ「賢い選択」だと私は考えています。

群れに馴染めない性分

私は昔から「群れの中で生きること」が苦手でした。

子どもの頃は親や先生に従うこと、大人になれば上司や先輩に従うこと。

それが当たり前の社会のルールです。

けれど私は、人に合わせることを異常に嫌っていました。

ただし、尊敬できる人には心から従います。深く知れば知るほど味があり、尊敬できる人間は表面だけの薄っぺらさとは違うのです。

だからサラリーマン時代も、どちらかといえば「付き合いの悪い人」だったと思います。

30代で「自分はサラリーマン向きではない」と確信し、今の生き方につながっています。

飲み会での一席

サラリーマン時代に強く印象に残っているのは、飲み会での出来事です。

どんな会社でも、同僚や上司の悪口で盛り上がる場面がありますよね。

私は吊るし上げられる側だったかもしれませんが、それでも悪口に同調することは絶対にありませんでした。

むしろ、悪口を言われている人の良い面を伝えるようにしていたのです。

結果として敵を作り、仕事がやりづらくなることもありました。だから次第にそういう飲み会には行かなくなったのです。

「君子危うきに近寄らず」――まさにこの諺の通りです。

サラリーマン社会の壁

サラリーマンの世界は、実力だけで生きられる場所ではありません。

自分を偽って生きることを求められる場面が必ずあります。

そこで壁にぶち当たる人もいれば、壁に当たらない人もいる。

壁に当たらない人は「自分がない人」なのかもしれません。

でも、それもまたその人の人生。

肯定も否定もせず、ただ「そういうもの」と受け止めています。

今では良きパートナーに

不思議なことに、当時悪口に同調していた人も、今では私の良きビジネスパートナーになっています。

きっと彼も、自分を偽ることの虚しさに気付いたのでしょう。

人は話していると「自分を偽っているかどうか」が自然と伝わってきます。

私はそういう人と話すと、なぜか胸が痛くなるのです。

賢く生きるとは、孤独を恐れず、自分を偽らずに歩むこと。

「君子危うきに近寄らず」という言葉は、私のサラリーマン時代の経験そのものを表しているように思います。

以上

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