
視点を変えてみる
毎年、終戦記念日の8月15日に放送されていた「火垂るの墓」ですが、ここ数年は放送されていなかったような気がします。
理由は分かりませんが、時代の流れなのだろうと思っていました。
しかし、昨日の15日は久々にFBSで放送されていました。
懐かしかったです。
この題名のホタル・・ですが一般的にイメージするものは「蛍(ホタル)」です。
ただ、このアニメーションは明るい映画ではありませんので終戦記念日にちなんで「火垂る(ほたる)」となっているんだと思います。
ここにはいろいろな説があるようですが、私はここを心を照らすものと位置づけています。
つまり人間描写という意味です。
さて、見られた方は知っていると思いますが、この映画はいろいろな見方ができます。
視点を変える
単なる戦争映画で見ると確かに面白くないかもしれません。
時代受けしないでしょう。
ここは見た人しか分かりませんが、私はこう見ます。
海軍のお偉いさん(士官)だった清太の家は裕福だったので、その叔母に当たる女性の人間描写で考えると何となく感じ取れます。
裕福な家族への妬み(ねたみ)と恨み(うらみ)です。
清太の母の死後、第一弾のいびりがきて、士官の父の死後叔母さんの態度がさらに急変したと思います。
口々に「お国のため・・・」と言って何もしない清太と妹の節子のいびりが増していくのです。
それが裕福だった家族への復讐というか、ストレス発散というか?低層の人達が持つ嫉妬からの攻撃です。
細かく伝わるシーンがありました。
太平洋戦争中の軍人(士官級)は給与も良く大変裕福ということが解ると思いますが、それは清太が母の貯金を下ろしに行ったシーンでも分かります。当時の7000円です。
当時7000円は驚くほどの大金です。
今の金額に当てはめると高級官僚の年収に値しますので少なく見積もっても1,000万くらいはあると思います。
今、1,000万引き下ろせば結構な札束ですが、当時は今で言えば100万くらいのボリュームと思いますのでバックに入る大きさです。
既にインフレで物資は高騰し、国民は配給制になっていますので、世帯を持たない清太と節子には配給が無いのです。
米を買うシーンがあったと思いますが、清太が「たったこれだけ?」と言っていましたよね。
このシーンでそれが分かります。
専業主婦だった清太の母でさえ貯金で数千万(現在で換算)もっていましたので裕福な家庭の何者でもありません。
その逆に叔母さんの家庭は軍人でも兵隊レベルですから裕福でありませんし、その生活感はドラマの中でも感じ取れると思います。
この描写です。
ですから単なる「戦争は怖い」という映画ではなく、この映画は視点を変えてみると国民の格差が描かれている内容にも取れます。
その格差が他国への憎しみや怒りとなり、戦争へと突き進んだ背景があるのだと思います。
原作者の野坂氏が言いたかったのは戦争とは別に当時の格差問題もあると私は思っています。
これはどの時代にもあるものです。
では今はどうでしょうか?
似ていませんか?
参政党の躍進や、外国人の締め出し、移民問題に格差社会、子育て家庭への優遇。。
これら格差を生んでいる怒りはいずれ富裕層へと向かうでしょう。
この火垂るの墓は恐らく7年振りの放映と思いますが、私はここを感じ取って欲しいと思っています。
憎しみはいつしか争いごとを生むのだと思います。
以上


