廃棄されるパソコンを見て思ったこと

働き方

時代を感じる一瞬

先日、倉庫を整理していたら、すっかり存在を忘れていたパソコンがひょっこり出てきました。

以前、姪っ子から「処分しといて」と頼まれていたやつです。

久しぶりに手に取ってみると、Windows7のシールが貼ってあって、なんだか胸がキュッとしました。

「ああ、そんな時代だったなあ」って。

時間の流れって本当に早いですね。

この dynabook R731 のシャンパンゴールドモデル、当時はちょっとレアで、確か10万円くらいだった記憶があります。

今の感覚で言えば20万円クラスでしょうか。

昔はモバイルPCでもそこまで高くなかったんですよね。

もちろん、今の価格高騰は円安の影響が大きいわけですが、半導体やチタン、リチウム電池、物流、人件費…あらゆるコストが上がれば、そりゃPCも高くなるよなあと思います。

再生部品の仕事と、変わっていく“処分の難しさ”

私はこういうジャンクPCから部品を再生する仕事もしていますが、最近は再生後に残る“残骸”の処分が本当に難しくなってきました。

特にリチウム電池。先日UPS(バッテリー)を処分したんですが、これがまあ大変で…。

今はリチウム電池製品の扱いが極端に厳しくなっているので、UPSの買い替えを考えている人は要注意です。

がむしゃらだったあの頃

サラリーマンだった2005年頃から市場調査を始め、2008年に退職後、起業。

最初はweb事業でしたが、2017年に再生部品事業に本格参入して、気づけばもう9年目。

当時は仕入れ先を開拓したり、免許を取ったり、ショップを作ったり…。あの頃は本当にがむしゃらで、でも楽しくて、自由で。

今振り返ると「よくやったなあ」と思います。

大きなトラブルもなく、無借金で、オリジナルな道を歩めたこと。これはもう、運も味方してくれたんだと思っています。

38歳でサラリーマンを辞めた日のこと

58歳になった今、38歳でサラリーマン人生に終止符を打った自分を、少し褒めてあげたい気持ちがあります。

あの時の決断が・・といつも思います。

実は、あの時の決断には“ある一言”が影響しているんです。

東京転勤の辞令が出たとき、当時の取引先の社長に何気なく言ったんです。

「東京で面白くなかったら、福岡に戻って起業しますね」と。

すると社長は、少し感情を込めてこう言いました。

「世の中そんな甘くないよ。仮に1年後に戻っても、今の顧客はもう振り向かないと思うね。事業ってそういうもんだよ」

その方と分かれた後、その言葉がなぜか、ずっと頭の中でリピートされていました。

そして気づけば、東京行きを断り、退職を選んでいたんです。

あの時の葛藤はすごかった。

「何を犠牲にするか」ではなく、「どういう未来を選ぶか」。

ただそれだけを考えて決めました。

人生は刺激と不安と楽しさの連続

こうして振り返ると、人生って本当に不思議です。

何かの刺激を受けて、切磋琢磨しながら進んでいく。

不安もあるけれど、それすら楽しさの一部なんだなあと感じます。

不安が無ければ成長ってないんですよね。

倉庫から出てきた古いPCが、まさかこんな思い出を引っ張り出してくれるとは。

人生、どこにスイッチが落ちているかわかりませんね。

以上

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