
世の中の流れ
今日は、ちょっと面白い記事を読んだので、その感想を書いてみます。
タイトルは「世の中が変わってきていることに気付く人、気付かない人の違い」。
結論から言えば、これはもう“リテラシーが高いか低いか”に尽きるんじゃないかなと感じました。
例えば、食品ラベルを見て「添加物が多いな」と気付いて、次からは内容物を確認して買うようになる人。
こういう人は、まさにリテラシーが高いタイプです。
リテラシーとは、簡単に言えば「特定の分野の知識や情報を正しく理解し、解釈し、活用する能力」。
つまり、正しく理解して行動に移せるかどうか。という意味です。
ちょっと分かり難いですかね(笑)
では、先ほどの話で言えばその行動は「健康を意識」しているように見えがちなのですよね。
それでも良いです。
ただ、私はちょっと違うんです。
私は“健康のため”というより「余計なものを身体に入れたくない」という理由で表示を見るタイプなんです。
だって、ソルビットとか、ph調整剤とか、Naclとか元素記号の表示がいっぱいあるでしょ。
それいる?
最近難病も多いし、私が入院している時も若い人の入院患者のほとんどが医師から「原因が解らない」という人ばかりでしたよ。
だから、そういうことを気にして生きなければならない時代になったと思っているだけです。
結果的にはそれが健康に繋がればいいなあ~という気持ちもあります。
だからこそ「余計なものは身体に入れない」という考え方がいいんじゃないですかね。
今の世の中、余分なものが多すぎる
これは食品に限らず、世の中全体に言えることだと思っています。
特に“ゴミ情報”が多すぎる。
その最たるものがスマホ。
便利すぎるがゆえに、余計な情報まで一緒に流れ込んでくるでしょ。
スマホ中心で世界が動いているからこそ、そこに付随する“ノイズ”も増えているんです。
一見すると「何でもスマホでできる人=リテラシーが高い」と思われがちですが、私は逆だと思っています。
スマホに依存してしまう人は、むしろ弱者であり、リテラシーが低い側に入ってしまう。
だから最近、「スマホをやめる方法」「スマホを見ない生活」みたいな情報が増えているのも納得です。
世の中が“スマホから離れる方向”に動き始めている証拠でしょう。
昭和の時代からの変化を振り返る
昭和の高度経済成長期は「モノを持つこと」が幸せの象徴でした。
大量生産・大量消費の時代です。
それが今は「シェアする時代」へ。
物を持たないことが当たり前になりつつあります。
そして次は“スマホから離れる時代”。
これまでとは逆の流れが芽を出してきているんです。
若者がよく言う「タイパ」「コスパ」も、この流れの一部。
脳科学の分野でも、物を持たない方が脳の健康に良いと言われています。
だからこそ、断捨離やミニマリストという概念が生まれたわけです。
依存状態の脳
未だにスマホちらちら見ている人は脳科学の本を読んでも納得できるのですが「依存状態の脳」なんです。
依存状態で何か悪いかと言えば、正常な判断ができない。
つまり、正しい情報、正しくない情報の判断が劣化してくるということです。
これがリテラシーが高い人と言えますか?
私から言えば完全な弱者なんです。
ですから脱スマホの流れが止まらず、海外ではガラケー(フューチャーフォン)が復活しています。
こうした変化に敏感に気付ける人こそ、情報リテラシーが高い人。
気付くか気付かないかで、これからの生き方は大きく変わっていくでしょう。
私自身も“持たない生き方”に賛成
スマホもそうですが、何かに依存する。
つまり、物を持つということがこれからの時代見直されてくるということなんです。
私も物を持たない生き方には賛成で、実際に不要なものを手放すことで、事業に集中できる心地よさを実感しています。
余計なものがないと、本当に大事なものが見えてきて、集中できるんです。
こういう思考は、自分の本当の生き方に気付けば自然と理解できるはずです。
ただ、下記のようにミニマリスト(物を持たない生活)の記事もあるんですが、広告入れすぎ!ごちゃごちゃし過ぎだから説得力無し!だな。
以上、今日の気付きでした。


