天職を探し始めた27歳の頃の話

働き方

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天職を考える

私が「仕事って何だろう」と真剣に考え始めたのは、ちょうど27歳の頃でした。

社会に出て5年。

多くの人が働き方を見つめ直すタイミングでもありますよね。

今日は、そんな私が“天職”に辿り着くまでのストーリーを書いてみようと思います。

最初のキャリア

最初の転機は、オラクルのデータベース設計に携わった時でした。

そこに至るまでにも色々あったのですが、「人生の方向が変わった」という意味では、この経験が大きかったと思います。

当時、私は新日鉄のAI研究チームに所属し、オラクルDBの正規化という、かなり最先端の仕事をしていました。

正直、その高度さに自分の限界を感じることも多かったです。

そもそも私の専攻は物理。

とはいえ、物理そのものが好きだったかというと微妙で、受験問題を解くのが好きだっただけなのかもしれません。

就職も研究室のコネ。

「大企業なら安定しているだろう」という単純な理由で決めてしまった部分もありました。

ブランド名に惹かれて入社したものの、実際の仕事内容がここまで高度だとは思っていなかったんです。

結果、AI研究に携わることになったわけですが、今振り返ると、仕事が楽しいと思った記憶はほとんどありません。

むしろ苦痛の方が多かった気がします。

周囲の“本物”のエンジニアたち

システムエンジニアとしての人生が始まった頃は、ちょうどITバブル。

テクノロジーが急速に普及し、会社は一気に成長していきました。

有名企業からどんどんヘッドハンティングされ、私の上司はDECでUNIXを作っていた人、マイクロソフト、AT&T、タンデム、ユニアデックス…とにかく“本物”のエンジニアばかり。

気付けば、周囲は「プログラムを書くのが三度の飯より好き」という人たちばかり。

真夜中でも休日でも仕事をしているような、いわゆるITオタクの集まりでした。

その凄さには本当に驚きましたし、サラリーマン感覚の私は到底追いつけないと感じました。

「このままではどこかで壁にぶつかる」そう思い、28歳で転職を決意します。

“好きなことで稼ぐ人たち”との出会い

次に選んだのは、東芝の子会社。

OA機器やパソコン、レジなどの営業職へとキャリアチェンジしました。

ここで多くの中小企業の経営者と出会い、「好きなことを仕事にする」という生き方を知ります。

自由に時間を使い、自分の裁量で稼ぐ。

そんなオリジナルな人生がとても新鮮で、私の中に“起業”への憧れが芽生えました。

これが、サラリーマンを辞めて起業へ進むきっかけになったのです。

マイクロ法人という選択

まずは起業資金として800万円を貯め、準備を始めました。

「財布は多い方がいい」という考えから、小さな収益源をいくつも持つスタイルを採用。

社員を持たず、すべて契約で回す“マイクロ法人”という形を選び、自由度の高い働き方を実現しました。

HP制作、システム開発などを経て、今では24時間働いてくれるネットショップを母体に、部品ビジネスへ転身。

パソコンが市場に出れば出るほど消耗品が売れるという、究極のストックビジネスです。

中国のサプライヤーと話すと、このビジネスの奥深さを改めて感じます。

蓄積したノウハウを活かし、継続できるビジネスを作る。

マイクロ法人をフル活用すれば、事業はずっと続けられる。

それを実現するために我武者羅に働きました。

そして中国全土にサプライチェーンのパイプを作り、今では部品を仕入れる環境も整い、仕事が楽しくて仕方ありません。

24時間働いていたいと思うほどです。

チャレンジの先にあるもの

こうして私は、自分の天職に辿り着きました。

このストーリーから分かるように、とにかくチャレンジを続けてきました。

型にはまった人生も悪くありませんが、時には“ばくち”のような人生も、結果次第では面白いものです。

仕事を趣味にできれば、「働いている」という感覚すらなくなります。

実質、働いていないようなものです。

これを読んでいるあなたにも、何歳からでもいいのでチャレンジしてほしいです。

今年で58歳になりますが、先日はイタリアの工具メーカーとパートナー契約も結びましたし、これからも海外の企業と組みながら、独自の部品ショップを育てていくつもりです。

死ぬ瞬間まで働いていたいという気持ちです。

以上

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