
最近、ニュースを見ていると交通事故の裁判の話題が本当に増えたと感じます。
少し前に起きた池袋の暴走死亡事故。
――横断歩道を渡っていた親子が車にはねられ命を落とした、あの凄惨な事故は今でも強烈に記憶に残っています。
事故車がプリウスだったこともはっきり覚えていますし、当時はプリウス関連の事故が続いていたこともあって、「車に欠陥があるのでは?」と疑ってしまうほどでした。
今日は、最近判決が出た交通死亡事故の話題も含めて、少し思うところを書いてみます。
池袋の事故判決
過去の話になりますが、池袋の事故の判決は禁錮5年。
母子2名が亡くなって禁錮5年です。
原因はアクセルとブレーキの踏み間違いとされていますが、理由がどうであれ、尊い命が奪われた事実は変わりません。
この判決をどう受け止めればいいのか、遺族は複雑な気持でしょう。
そして近年、歩道や横断歩道といった“安全とされる場所”での死亡事故が増えているのも気になるところです。
小学生の列に車が突っ込む事故など、胸が痛むニュースが後を絶ちません。
運転する立場からすると、歩行者が「車は必ず止まる」と信じすぎているように感じることがあります。
警察の啓蒙活動で「歩行者がいれば横断歩道で停止」が浸透したとはいえ、すべての車が守るわけではありません。
世の中の事件や事故を見ていると、「被害者側の意識をほんの少し変えるだけで防げたのでは」と思うことが何度もあります。
悪い奴は必ず罰せられる?
死亡事故が起きたとき、驚くのは“判決の重さが事故によって大きく違う”という点です。
私の記憶に残っている事故を2つ挙げます。
- 大分県:一般道を194キロで走行し、右折車と衝突した事故
- 福島県郡山市:受験に来ていた女子予備校生が横断歩道で跳ねられ死亡した事故
前者は懲役4年6カ月。 一審の懲役8年から、二審でさらに減刑されました。
後者は懲役12年で確定しています。
この差は一体何なのか。
一般道を194キロで走るなんて、誰が聞いても危険運転ですし、私は無差別殺人に匹敵するのではないかと思っています。
車は鉄の塊で、速度が上がれば凶器になるのは当然です。
では、これと飲酒運転は何が違うのか?
飲酒運転は過去の悲惨な事故をきっかけに世論が動き、法が変わりました。
しかし危険運転致死に当たるかどうかは、今も「法の解釈」や「条文の適用」によって大きく左右されます。
どちらも尊い命が失われているのに、加害者が負う責任がこんなにも違う。
遺族が納得できず控訴を続けるのも当然ですし、その心労は計り知れません。
裁判は、残された者が無念を晴らすための戦いでもあります。
「もしあの時…」という後悔
被害者側はどうしてもこう思ってしまいます。
「もっと注意して渡っていれば…」 「別の道を歩いていれば…」
ほんの一瞬の出来事で人生が大きく変わってしまう。
そう考えると、この世界には“絶対に安全な場所”なんて存在しないのだと痛感します。
赤信号だからといって、車が必ず止まる保証はありません。
スマホを見ながら運転する人もいますし、平気で赤信号を突っ切る人もいます。
歩行者側もスマホを見ながら歩く人が増え、周囲の脅威に気付かないまま横断歩道に入ってしまうケースも多い。
だからこそ、歩道や横断歩道での事故が増えるのは当然なのかもしれません。
「歩行者優先だから大丈夫」 「横断歩道だから安全」 そう思い込んでしまう人がまだ多いからです。
「そんなこと言ったら横断歩道で渡れないじゃん」 そう言われるかもしれませんが、ほんの少し“もしも”を考えるだけで防げる事故は確実にあります。
普通に歩いていても、工事現場から落ちた工具で命を落とす時代です。
家にいても強盗や災害で命を奪われる時代です。
もはや「安全な場所」なんて、どこにもないのかもしれません。
以上


