
変化する時代
24歳で社会に出てから、なんとなく働き続けてきました。
気づけばもう58歳。
おそらく人生の最終ステージを歩いているんだろうな、とふと感じるようになりました。
そんな時期だからこそ、これまでの仕事について少し書いてみたくなったんです。
今日はその話をざっと書いてみます。
バブル期の就職
私が就職したのはバブル真っ只中。
待遇はとにかく良くて、大手企業の人事担当者から「ぜひ君に来てほしい」と声をかけられることも珍しくありませんでした。
「俺が?」
と笑いながらも、企業説明会に行けば交通費も宿泊費も全額支給。
夕食は高級レストランで立食パーティー。
東京の企業説明会を5社くらい掛け持ちすると、交通費が丸々浮くので、ちょっとしたバイト感覚だったように思います。
とにかく“お金が余っていた時代”。
企業側もそれを分かっていたはずです。
だから僕も、 「どんな仕事をしたいか」ではなく、 「どれだけ楽か?給与は?待遇は?休みは?」 そんな“自分の欲求”ばかりを優先していました。
少しの変化
ただ、5年ほど働くと会社の内側が見えてきます。
そこで初めて「仕事観」というものが生まれるんでしょうね。
もっと遣り甲斐のある仕事がしたい。
そんな思いが芽生え、自分探しの旅が始まりました。
副業
東芝の子会社で営業をしながら、副業でネットショップやホームページ制作をしていた頃は、本当に楽しかった。
まだコンテンツビジネスが一般的ではない時代。
企業の宣伝活動を支援すると、とても喜ばれました。
「引っ張りだこってこういうことか」と実感したほどです。
幸い、会社は売上ノルマさえ達成すれば細かい管理がなく、仕事中にパチンコに行くこともできる“無法地帯”。
自由に生きていた、最高の時期でした。
良い時代は長く続かない
やがて不景気になり、東芝のカンパニー統合など環境が激変。
そういう内部のゴタゴタもあり、私は38歳でサラリーマン人生を終え、起業しました。
起業当初はコンテンツビジネスをもっと本格的に行い、しっかりしたビジネスを誰の力も借りず、自分で作り上げたかったというのが正直な気持ちです。
ただ、世の中ってそんなに甘くないんですよね。
コンテンツ産業が成熟すると、誰でも参入できるビジネスになり、価格競争のデフレ状態へ。
一気に興味が薄れ、とりあえず東芝系の仕事をしばらく繋ぎでしていました。
ストックビジネスです。
そういう迷走期間はお金を稼ぎ、会社の地盤を固めることに徹したんです。
とにかく、東芝の組織力などを上手く利用して我武者羅に働いたんですよね
再生ビジネス
そんな中、ブログをヒントに“PC部品の再生ビジネス”を立ち上げました。
これが大当たり。
隙間のビジネスですので、ここでも需要があり、まさに引っ張りだこ?
詳しくはまとめていますので、興味があればこちらをどうぞ。
2017年から続けていますが、今では多くの企業から問い合わせや相談をいただくようになり、あの頃のコンテンツビジネスのようなワクワク感があります。
やはり求められる仕事には遣り甲斐があります。
私が求めているビジネスとは求められる仕事なんです。
この分野だけは参入障壁は高いと思いますが、AI時代は何が起きるか分かりません。
以上

