それ要りますか?もつ安心より持たない自信

日常の話

奥深い私たちの脳

今日はまた本を買って読んでいたら、ちょっと刺激を受けまして。

その勢いのまま、最近感じたことを書いてみようと思います。

テーマはずばり 「承認欲求」。

人間なら誰しも持っている、あの厄介で、でも無視できない感情です。

私は昭和生まれの親に育てられました。

高度経済成長期、みんなが「豊かな生活」を目指して必死に働いていた時代です。

サラリーマンは朝から晩まで働き、接待も仕事のうち。

ゴルフ、釣り、お酒……とにかく“仕事の延長”みたいな生活。

それが美徳であり、男の幸せの象徴のように刷り込まれていた気がします。

父が亡くなった時、遺品整理をすべて私がしましたが、とにかく物が多くて大変でした。

その経験もあってか、私は父とは真逆の人生を歩んでいます。

「持たない」ことで得た自由

今回のタイトルにもした 「持つ安心より持たない自信」。

これは私の生き方そのものです。

家も、名声も、子供も、親からの呪縛も。

“持つことで安心するもの”って、実は承認欲求の延長線上にあることが多いと思います。

でも私は、それらを持たないことで逆に自由になれました。

38歳で起業したことが大きな転機でした。

小さな会社にこだわったのも、自分でコントロールできるから。

誰の承認もいらない、自分の人生を生きられるからです。

起業当初は周囲の目を気にしていましたが、次第にどうでもよくなり、「自分の人生が一番楽」だと気づきました。

“普通の幸せ”が必ずしも自分の幸せではない

よく言われますよね。「老後は孫と遊んで…」みたいな幸せのテンプレート。

でも私はそういうの、まったく無いんです(笑)

可愛いものは嫌いじゃないけど、べったり可愛がるタイプではないし、むしろ過剰に可愛がられるとダメになるんじゃないかと心配してしまう。

最近は少子化で、一人の子供に大人が何人も群がって、お菓子、人形、スマホ、カメラ……ちょっと笑っただけでシャッター音が鳴りまくる。

あれを見ると、なんだか可哀そうに思えてしまうんですよね(笑)

だから、もし孫がいても私はあまり可愛がらないでしょう。(実際にいたら変わるのかもしれませんが)

自分に合った人生を選ぶということ

私はこれまで、いろんなものを手放してきました。

その結果、誰にも忖度せず、気兼ねなく、「自由に生きられる」 という幸せを手に入れました。

今の小さな会社を経営していることも、私にとっては妙に格好良く感じるんです。

人間の幸せは千差万別。

誰かの“普通”が、必ずしも自分の幸せとは限らない。

だからこそ、私はこれからも「持たない自信」 を大切にして生きていきます。

以上

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