
古い国産車が語るもの
ふと今朝、頭に浮かんだテーマがあります。
それは「コンクリートの箱」。
ちょっと抽象的ですが、今日はこの話を書いてみます。
あくまで私の価値観なので、気軽に読んでください。
“コンクリートの箱”の正体
コンクリートの箱とは、マンションのことです。
多くの人は「都心で暮らすならマンションが最適」と考えますよね。
だから多少無理してでも買う。
このロジックは自然ですが、私はそこに落とし穴があると思っています。
では、なぜ分かっていても買ってしまうのか。
理由はきっと「都心での理想の生活」への憧れなんでしょう。
“エレベーターの物語”
私はマンションは賃貸で十分だと思っています。
宙に浮いた不動産に何千万もローンを組むことに、どうしても違和感があるんです。
そんな私の近くに、高級マンションに住む知人がいます。
その人が何気なく話してくれた「エレベーターの物語」が妙に印象に残っています。
それは── 自分より下の階を押す人を見ると優越感を感じる 逆に、 最上階を押す人を見ると“こいつも優越感に浸ってるな”と思う という話。
当時は意味が分からなかったのですが、要するに マンションの階数でさえマウント合戦が起きている ということでした。
人は知らないうちに他者と比較し、勝手に優劣をつけてしまう生き物なんだと気付かされた瞬間でした。
早朝の薬院で見た光景
今朝、妻と薬院近辺を散歩していたときのこと。
裏通りにあるマンションの1階が青空駐車場になっているのですが、そこに並んでいたのは──
レクサス、BMW、ベンツ、アウディ。
青空駐車なのに高級車のオンパレード。
なんとも異様な風景でした。
その中で国産車はわずか2台。
しかも外車はどれも“下のグレード”。
車好きの私にはすぐ分かります。
つまり、マークだけの見栄なんですよね。
こういう環境で暮らしていると、自然と「周りに合わせる」という空気が生まれるのでしょう。
気付けば駐車場が外車だらけになるのも必然かもしれません。
そんな中で、旧式の国産車が一台だけ静かに佇んでいました。
それが妙に美しく見えたんです。
その人はきっと、見栄ではなく生活スタイルを優先して選んだのでしょう。
そういう人は、心も財布も本当の意味で豊かな人だと思います。
多分、エレベーターの話とは無縁の人でしょう(笑)
なぜ人は飾るのか
人間は他者と比較しながら生きる動物だと本で読んだことがあります。
SNSの時代になり、その傾向はさらに強くなった気がします。
見栄で生きている人は、会話の端々で分かるものです。
自信がない人ほど、ブランドで自分を語りたがる。
ホームレスのような格好の中年男性でも「大学の外科部長」と聞けば立派に見える。 気弱なサラリーマンでも「大手商社勤務」と聞けば急に評価が上がる。
逆に、貧乏なアパート暮らしの中年やニートの若者なら、誰も気に留めない。
ブランドを持つだけで人の見え方が変わる
── これが“見栄で生きる人”の特徴なのだと思います。
もちろん、それも人生のスタイルなので否定はしません。
マンションは“人を映す鏡”
だからこそ思うんです。
流されやすい人は、住む場所で自分が変わってしまう と。
マンションという“モンスターボックス”に入れば、自然と見栄の張り合いが始まる。
知人のエレベーターの話は笑い話のようですが、今朝の光景でその意味がよく分かりました。
今日の散歩は、ちょっとした人間観察の時間になりました。
以上

