普通の人が1人焼肉ができない理由

日常の話

1人焼肉の話

今朝、ネットでこんな記事のタイトルを見かけました。

「電車で席を譲って断られた人たちへ ネット上に投稿された『高齢者の本音』に反響」

リンクを貼れば早いんですが、最近のネット記事って広告まみれで読む気が削がれるんですよね。

今回の記事も例外ではなく、画面いっぱい広告だらけ。

なので、あえてタイトルだけで想像してもらえれば十分かなと思います。

内容としては、席を譲られた高齢者が断る理由にもちゃんと事情がある、という話。

たとえば「一度座ると立つのがつらい」とか、そういう“高齢者側の本音”があるわけです。

ただ、今回私が書きたいのはそこじゃないんです。

高齢者がそばにいる電車の中で席を譲る/譲らないという場面そのものが、実はけっこう心理的に面倒なんじゃないか?

という視点です。

ちなみに私は基本的に席を譲りません。

理由はシンプルで、自分が譲られたくないからです。

年寄りに見られたくない?

そういうことではなく、自分が立っておきたいからです。

だって座りたけりゃ席探すし、それがバスであれば、利用せずタクシー利用しますよ。

何事もそれをしている理由(わけ)があるんです。

その場合、良く言うやさしさの押し売りになるのだと思いますね。

道徳心が“自意識過剰”を生むことがある

席を譲る人って、恐らく子どもの頃に植え付けられた“道徳心”が反射的に働いている人なんだと思うんです。

本音では「座っていたい」「目立ちたくない」。

これが人間の本性でしょ。

でも、どこかで“正しい行いをしなきゃ”という意識が働くんじゃないですかね。

特に最近の若者は、そういう傾向が強い気がして、どっかで良い子を装っているという感じがするんです。

多分、そういうシーンを親がみたら、「良い子に育った」とご満悦かもしれません。

ただ、そういう若者は世の中で苦労すると思いますよ。

世の中はそうなっていないのです。

この前もどこかの新幹線で鉈振り回していた兄ちゃんから刺されて死んじゃった若者が居たでしょ。あれ、女性を助けようとしてですよ。

でも、そう育ってしまう理由もシンプルで家族とべったり環境で育った場合がこれなんでしょうね。

親はどうしても「良い子でいてほしい」と道徳心を教え込む。

子どもは子どもで、常に親の視線を感じているから、

「ここで何をすれば親が喜ぶか?」

を考えるクセがつく。

これが自意識過剰の土台になり、社会で生きていけない若者が増えているのだと思います。

周囲に若者多くないですが、いる若者で判断してもそれが解るし、まともに働いている人居ないですよ。

ですから、割かし的得ていると思います。

若者が直ぐ会社を辞めたり、パワハラなど騒いでるのも、それを関係しているのだと思います。

「他人の思惑」は証明できない

私が最近読んだ『ぼくたちにもうモノはいらない』という本にも、こんな一節があります。

他人がどう思っているかは証明できない。 1人焼肉を「寂しいと思われているかもしれない」と思っても、それは自分の想像にすぎない。そんなこと証明しようとしても証明ができないからだ。

これを読んだとき、すごく腑に落ちたんです。

「一人焼肉ができない理由」は、 “自分が寂しいと思うから、他人もそう思うはずだ” という勝手な想像に過ぎない。

これって多いと思います。

でも、私はちょっと違うんです。

私には焼肉を食べに行く習慣はないですが、同じようなことで「一人ファミレス」があります。

一人ファミレスって普通の人できないです。

私は昔できませんでした。

でも、夕食時にファミレスで一人で食べている人を見ると、

「この人格好良いな」とか、「マイスタイルもっているな」とか

思うんです。

ですから、自分も平気でも実は平気なんですよ。

 起業してから変わった価値観

こういう考え方になったのは、起業してからだと思います。

昔の私なら「一人=寂しい」という発想だったかもしれません。

でも今はサラリーマンではなく、1人の事業者です。

誰の力も借りず、自分で稼いでいるという群れない生き方が格好良いと思っているので、一人で行動する人に違和感がないのです。

むしろ、誰かに頼って生きている人がちょっと心配になるというものです。

別に強がり言っている訳ではなく、一人の行動って意外とスマートでシンプルに思うんですよね。

ですから、どんな大企業の部長を見ても、「凄い人」ということより「所詮サラリーマンじゃん」という考え方になっちゃうのです。

もちろん、付き合ってみて、素晴らしい人であれば尊敬しますよ(笑)

自分の価値観は自分で作ったもので、自分の人生だから自分で作っていくという生き方です。

だから、私は友人が少ないです。

それも特に気にしていません。

それが自分の人生ですし、昔から 「来るもの拒まず、去る者追わず」でいいと思っていましたので、自由に生きていました。

そもそも“友人や友達”なんて、自分が勝手にそう思っているだけでしょ。

相手はそう思っていないかもしれないですしね(笑)

他人じゃなくて「自分はどうしたいか」

電車の席を譲る話から、一人焼肉の話に飛びましたが、私が言いたいのはただひとつ。

人からどう思われるかじゃなくて、自分はどうしたいのか。

これだけなんです。

そこが一番大事なんじゃないかと思うんですね。

ちょっと視点が違う話で纏めてしまった自分が居るのですが、今からの社会で自意識過剰って怖いと思いますよ。

若者が働けないというのはそういう人間系のものが大半だと思いますね。

以上

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