
日常生活でヒントを得る
昨日、たまたま読んだ記事の中に心に引っかかるフレーズがありました。
百戦百勝は最善にあらず ― すべての戦いに勝ったとしても、それは最高の勝ち方ではない
この言葉、改めて読むと深いんですよね。
要するに「傷つきながら勝つのは本当の勝利ではない。戦わずに勝つことこそが最上の戦略だ」という教えです。
これ解りますか?
この一節を読んだ瞬間、ふと自分の生き方が頭に浮かびました。
「べき論」と疲労感
私は昔から白黒はっきりさせないと気が済まないタイプで、完璧主義でした。
自分の価値観に合う人だけを選び、違う人は距離を置く。
時には無視することもあり、サラリーマンとしてはなかなか生きづらい道を歩んでいたと思います。
その結果、38歳でサラリーマン離脱。
家族に対しても「家族だから分かってくれるはず」という期待値の高さが、自分を苦しめていたことにも気づきました。
それと昔ながらの「長男」という温度感というか、独特な風習です。
後悔しているわけではありませんが、今振り返るといろいろなことがありました。
今までフルパワーで走り続けてきたので、最近ちょっと疲れが出てきたのかもしれません。
仕事で完璧を求めるのはまだしも、私生活にまで持ち込むのはやっぱり良くない。
若かったんでしょうね。
その結果、いつの間にか「べき論」が強くなりすぎてしまったのだと思います。
「価値観の違いを許せる自分」
今回の件で実感したのが、海外取引のことです。
不思議なことに、外国人相手だと理不尽なことがあっても許せるんですよね。
同じ日本人だと「自分と同じ考え方のはず」という前提があるから、少しのズレが許せなくなる。
「なぜできないのか?」 「普通こうするべきだろう」
そんなロジックが勝手に働いてしまう。
そして、そんな自分に腹が立つ。
でも、中国のサプライヤーとのやり取りでは、どんなに理不尽なことでもイライラしないんです。
本当に不思議です。
孫氏の「一流の戦略」とは
先ほどの続きがあり、孫氏はこう言っています。
すべてを完璧にやろうとするのは二流の戦略 全体の目的を最も効率よく達成することこそが一流である
まあ、一流になりたいという訳ではないのですが、よくよく考えればそうなるのでしょう。
外国人と接する時のように「他人は違って当たり前」と捉え、 何があっても一喜一憂せず、省エネで全体をうまく回す。
そんな“動じない自分”が目標にしている生き方なんですよね。
多分、そういう生き方は疲れないのだと思います(笑)
完璧を求めて疲弊するより、価値観の違いを受け入れながら、 無駄な戦いを避けて、静かに勝つ。
これが理想ですが、まさに「言うは易く、行うは難し」ですね。
そんな簡単なことではないと思いますが、ベビーステップでやっていきます。
格好良いこと言っても、結局は自分を変えて行かなければならないのだと思います。
以上

