
やさしさと無関心
土曜日は実家のゴミ捨てで近くの粗大ごみ処理施設に大型ごみを持って行きました。
母の終活のお手伝いですね(笑)
「自分の時代の思い出は自分の生きている間に処分してね♪」
と常に言っていましたので、それを実行に移しているだけでしょう。
脇机や棚、鏡台など父の遺品も含め大型のものを何点か持って行き全部で600円でした。
安っう!
福岡市で電子レンジ1台処分するだけで500円ですから、それから比べると大変安いです。
まだまだ自分で施設に持って行けば安いということを感じました。
本来税金を納めていますので、ここは無料にして欲しいと思いますが、今の社会ではそれは皆無なのでしょう。
世代間のギャップ
さて、最近Z世代の若者の異変ネタが多いですが、よくよく考えればこれも時代の変化で受け入れなくてはならないと思っています。
私が起業したのは38歳でしたが、最初は社員を雇わず下請けさんやSOHO(個人)へ仕事を頼んで事業を進めていました。
これが一番楽で雇用に縛られなくて良いから事業も安定しました。
当時はSOHOも多く、仕事を依頼する方も選べていたのです。
そこでいろいろな若い人と接する機会が多く、実はその頃から若者の異変に気付いていました。
なんか違う。
一番思ったことが「責任感がない」ことです。
これには驚きました。
ですから雇用関係は結ばず、契約関係だけで仕事をしてもらうことの楽さに気付いたのです。
仕事への価値観が全く違っていましたから、当然上手く行っていなかったでしょう。
コンテンツ制作の仕事も先が見えていましたので、そういう楽な道を選んだのです。
価値観の差
20歳くらい歳が離れると仕事の価値観が大きく変わってくるのは当たり前です。
ある仕事では自分の仕事のやり方を押し付けていたことがあり、相手の男性が鬱になった経験もあるのです。
今であればパワハラでしょう。
先日、「自己破産したい」と言う相談を受けた甥とも価値観のギャップを密かに感じていましたので、今の若者と私とはかなりズレを感じているのです。
コロナ以降、ECサイト運営に事業転換していますので、人が財産という会社ではなく、自分の技量で何とでもなるようにしたことが我ながら良かったと感じています。
私の中で気を遣って仕事をするということはお客様以外ありません。
変なことを言えば上司だろうが、部下だろうが、徹底的にやりますので、気を遣う人生などありません。
当たり前のことだった
世間で良く言われている3つの事柄でもある
ですが、考えてみればこの全ては当たり前なのでしょう。
「若者が飲み会に来ない」とは文化の違いで我々旧世代の人間の習慣が今の世代にないと言うだけのことです。あくまでもこれは習慣ですから、なければ無いのです。
単に酒好きの人のぼやきで、「孤」を重視する現代社会の特徴ですから何ら不思議ではありません。
むしろ、私は「飲みにケーション」などと言っている一部の大人がおかしいと思います。
「若者が直ぐ会社を辞める」と言うこれも不思議ではないと思いますよ
一言で言えばこれは我慢が足りないからです。
でも、我慢しなければならない時代に育っていませんので、これも自然です。
むしろ今の時代に我慢している方が特殊だと思います。
もし、意図的に我慢の人生を過ごしている若者がいれば、それは素晴らしいことですし、大いに良いことですから私は評価します。
これも大人たちが作った世界ですので、仕方がないのです。
「若者がコスパ、タイパなどのパフォーマンス重視している」はこれも当たり前のことです。これが若いという証じゃないですかね。
以上の事から全て時代についていけない人達の単なる意見に過ぎません。
Abemaなどのネットメディアで何か議論されたり、話題になったりしていますが、単なるネタとして処理されているだけでしょう。
本当の脅威とは
そんなことは可愛いもので私が最も問題視しているのは先日も書きましたが以下の2つです。
これ解るでしょ。
これは時代と言うより、人間の中身に関わってきますので、若者に注意したり、怒ったりが自然にできる社会でなければならないのですが、そうなってないことに危惧しています。
しかし、今の社会は親も世間も嫌われることに恐怖感を感じているようです。
良い親を演じたり、良い大人を演じたり親自体も良い人を装う世代の人だから仕方が無いのです。
つまり、これは人間がサラリーマン化しているという意味です。
誰かに頼らなければ生きて行けなくなっていたり、孤独を恐れることへの結果が今の若者を作りだしてしまったのです。
本当の問題は若者ではなく、人間自体がどんどん劣化しているということじゃないですかね。
当然、私も同じです。
余計なことに関わってもそういう人たちとは価値観が違うので返ってストレスになれば見て見ぬ振りするでしょう。
「お前がどうなろうと関係ねい」
だと思います。
まるで腫物に触るような接し方がおかしいのです。
若者はいろいろな経験を積んで切磋琢磨しながら成長すると思いますが、今の世の中にはそれがないので、これからどんな世の中になるか?想像ができません。
でも、これが資本主義の世の中なのでしょう。
結局は今生きている時代になることは自然だったのです。
以上


