
都合の良いセールスワード
最近、本当に「パワハラ」という言葉を耳にする機会が増えました。
ニュースやメディア、取引先との会話、そして昔の職場の担当者との雑談まで、あらゆる場面でこのワードが飛び交っています。
なんとなくですが、周囲の大人たちが“若者に怯えている”ような空気すら感じることもあるんです。
そんな話題に触れるたび、私が40代の頃に出会ったあるSOHOの男性のことを思い出します。
今日はそのことを少し書いてみようと思います。
イケイケだった40代の頃
40代の私は、起業して勢いに乗っていた時期でした。
仕事を軌道に乗せたい一心で、我武者羅に働いていたと思います。
自分のやり方に合わない人は切り捨てる。
必要なら直接言う。
そんな“パワー全開”の働き方をしていました。
そんな中、30代の少しお坊ちゃま風のSOHOクリエイターと仕事をすることになりました。
最初は普通の受け答えで、特に違和感もなかったのですが、途中からその「いい加減さ」に驚く場面が増えていったんです。
穏やかな注意が?
仕事の責任は元受けのこちらに降りかかってきます。
だから、スケジュール管理の甘さについて電話で注意したんです。
当時の私にしては、SOHOは外部の人なので、かなり穏やかな言い方だったと記憶しています。
罵声も説教もありません。ただ、
- 複数人で進める仕事だから
- 請負元のスケジュールに合わせて動いてほしい
- 後手後手になると他の人に影響する
という、ごく当たり前の指摘です。
普通なら「はい、わかりました」で終わる話ですし、元受けとして当然の注意だと思っていました。
しかし、彼はそう受け取らなかったのかもしれません。
その電話を境に、彼は貝のように口を閉ざし、一切連絡が取れなくなったのです。
急遽別の人に仕事をお願いして事なきを得ましたが、なぜ彼がそこまで反応したのか、今でも理由は分かりません。
そうなんです。それが”パワハラ”というものだったのかもしれません。
「普通」という言葉は人によって違う
私にとっては普通の注意でも、彼にとっては“パワハラ”だったのかもしれません。
言葉や文字は、受け取る側の感性でどうにでも変わるものです。
注意をパワハラと感じる人なら、どんな指導もパワハラになるでしょう。
だからこそ、サラリーマンであればリスクを避けるために「指導しない」という選択をする人が増えているのだと思います。
若者に腫れ物のように接する社会
少子高齢化による人手不足もあり、若者に対して腫れ物に触るように接する風潮が強まっています。
40代・50代の人たちは、ほとんどがその空気を感じているでしょう。
しかし、指導しなければ仕事は回らなくなり、その尻ぬぐいは結局自分に返ってきます。
育てられなかった若者も、いずれ同じ立場になる。
つまり、指導しない人も損、指導されない人も損なんです。
本来、人はさまざまな人間関係の中でもまれながら成長していき、人間同士の中でなければ成長できないものって沢山あるんです。
その経験が、最終的には自分の得になるはずです。
「パワハラ」という言葉の正体
そもそも“パワハラ”という言葉自体、一部の転職団体が都合よくアレンジして使っているだけのセールスワードのようなものです。
言葉としての本質的な意味は、実はあまりありません。
ハラスメント関連の言葉は、都合よく作られているものが多く、営利目的で使っている一部の業界用語なんです。
そのことに早く気付かないと、とんでもない世の中になってしまう気がします。
ただ、もう戻れない領域にまで来ているのだと感じるのも事実です。
以上

