
本当の意味での格好良さ
人生80年とするなら、私はもう折り返し地点を過ぎて、ゴールがうっすら見えてくる場所を走っているのかもしれません。
そもそも80歳まで生きられるのか?。
そう考えると、もう人生の最終章に入っているんだなと感じます。
いつ死んでも悔いの無い人生を送りたいですね。
今日は、58年間好き勝手に生きてきた中で思うことを、少し書いてみようと思います。
若い頃の「格好良さ」
人生の中で「あの人、格好良いなぁ」と思う人って、誰にでも何人かいるものです。
若い頃の私は、正直“お金を稼いでいる人”が格好良く見えていました。
大手商社、大手メーカー、外資系企業…いわゆる“ブランド”のある会社にいる人たちです。
私は長く大手IT企業にいたので、外資系メーカーの人と話す機会も多く、事業部長クラスともなると年収も相当なもの。
BMWを乗り回している姿なんかを見ると、「うわ、格好良いなぁ」と思っていました(笑)
多くの人を見て気づいた「決定的な違い」
32歳から営業をしてきて、大企業の社員、中小企業の社長、零細の経営者…本当に多くの人を見てきました。
その中で、あることに気づいたんです。
事業者とサラリーマンには、決定的な違いがある。
それは「依存心」です。
部長だとか取締役だとか、肩書きやブランドを持っている人は、確かにブランド力があります。
決裁権もあるし、業者からもチヤホヤされる。
周囲の聞こえも良い。
でも、会社を辞めた瞬間、そのステータスがスッと消えてしまう。
その姿を見るたびに、どこか寂しさを感じるんです。
「会社があるから偉かっただけ」
そんな人を、私は山ほど見てきました。
サラリーマンの“末路”を見て思うこと
そんなの誰でもが知っている話かもしれません。
「末路動画」なんかでもよくあるシチュエーションですよね。
でも、実際に目の前で見ると、やっぱり男として寂しいんです。
「あの人が…」そんな言葉を何度聞いたことか。
もちろん全員がそうではありません。
ただ、部長だろうが社長だろうが、会社という看板がなくなれば“ただの人”。
それが現実です。
そして、そういう人ほど依存心が強く、器が小さく見えてしまうことも多いんです。
収入が減れば不安になるのは当然ですが、実際にその姿を見ると、「自分はこうなりたくない」そう強く思うようになりました。
“自分の技能で生きる人”
一方で、オリジナルで生きている人たちがいます。
個人事業主、農家、士業、作曲家など…どこに行っても、誰の力を借りなくても、自分の技能で食べていける人たち。
要は雇われなくても自力で生きていける人です。
そういう人を見ると、「人生格好良いなぁ」と思うんです。
会社やブランドなんて、所詮は借り物でしょ。
いずれは無くなるもの。
返してしまえば何も残らないんです。
でも、自分の力で生きている人は、肩書きがなくても輝いている。
サラリーマン化された脳と、そうでない人
もちろん、大企業にいても「この人は起業してもやっていけるだろうな」と思う賢い人もいます。
そういう人は話しているとすぐ分かるんです。
そもそも考え方が違うんです。
彼らは“サラリーマン化”していない。
巨大な組織にいると、どうしても「給料が高い=偉い」という構造に頭が支配されてしまうのも事実です。
だから部長に従う。
当然でしょう。
でも、そういう雇われ人の退職後の姿を見ると、そうじゃないことがよく分かるんです。
しかし、自力で生きている人は60歳になっても、70歳になっても生き生きとしています。
これは、大企業の役職者だった私の父を含め、多くの大企業役職者の末路を見てきたからこそ感じることです。
退職した瞬間、あのオーラが完全に消えてしまうんです。
解りますか?これ。
急に小さいな人間になってしまうんです。
「この人すごいなぁ」と感じた人のほとんどは、ブランドを持っていない人だった。
そう思います。
ですから、「お金で判断」すると、本質が見えなくなることがあるんです。
歳を重ねて、ようやくそれが分かるようになりました。
実は人間力が分かれば人生面白いです。
以上


