「当たり前」ということを疑問に思った感情のままに生きている自分

日常の話

前半の読みどころ

先日の銀婚式の帰りに、天神のブックオフでふと手に取った一冊

──『感情を整える(著:桜井章一氏)』。

走り書きの部分だけ読んで「これは後でじっくり読もう」とストックしていたのですが、ようやく読み始めました。

まだ途中ではあるものの、読んでいて特に共感したのが「現代人は理屈で生きている人が多い」と言っています。

これ、何となく分かるんですよね。

私もそう思います。

私自身も、どちらかと言えば“理屈で生きてきたタイプ”でした。

ただ、ある時からその生き方が急にばかばかしく感じられるようになったんです。

要は、損得勘定で人生を判断することが。

こうやれば「得」、こういけば「信用される」、こういうこと言えば「賢くみられる」、そんな先を予想して生きていくような生き方。

今日は、この本を読みながら自分の中で腑に落ちたことを少し書いてみます。

幼少期で価値観の7割が決まるという現実

よく「人の価値観は幼少期で7割決まる」と言われます。

つまり、どんな価値観を持つ親に育てられたかで、その後の人生の方向性が大きく変わるということ。

私の親は、まさに昭和の典型的な“べき論”世代。

「男だから〜すべきだ」「歳を取ったら〜すべきだ」

そんな“理屈の人生”を当たり前のように教えられてきました。

もちろん、それが悪いわけではありません。

ただ、私にとってはどうにもピンと来なかった。

特に父は不動産関係の仕事をしていたので、会うたびに「いい歳なんだから賃貸じゃなくて家を持つべきだ」と、まるで呪文のように言われていました。

でも私は、毎回NOでした。

なぜNOだったのか?

理由はシンプルで、私は“借金”が嫌いだったからです。

当時は東芝の子会社に勤めていたので、借りようと思えばいくらでも借りられたはず。

でも、借金って見えない鎖のようなもので、家ひとつのために“自由”を差し出すのがどうしても嫌だった。

昭和の頃には「持ち家を持って一人前」みたいな価値観が強くありましたが、実際にその価値観に従って生きている人たちを見ていると、どうにも楽しそうじゃない。

「この人はローンを払うために生きてきたのかな」そんなふうに感じることさえありました。

当時は終身雇用が当たり前で、会社に人生を預ける“社畜”のような生き方が普通。

まさに桜井氏の言う「理屈で生きる」そのものです。

裕福に見えても、格好良く見えても、なぜか“人生を楽しんでいる”人がほとんどいない。

これ当たり前のように見えて、恐ろしくないですか?

だって、たった一度の限られた人生を借金返すために奴隷のように働くということを自ら選択したんですよ。

皆、同じレールの上を歩き、同じ老後を迎えていく。

もちろん、それが普通で、それが本人にとっての幸せなら何の問題もありません。

ただ、単に私は違っていたということなんです。

「感情で生きる」という選択

桜井氏は「感情で生きる」ことの大切さを説いています。

これが、私の考えと驚くほど一致していたんです。

だからこそ、この本は読み進めるほど面白い。

自分の価値観を再確認しながら、時々ハッとさせられる。

そんな読書体験の中で、今日は少し自分の考えを書いてみました。

以上です。

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