時代は常に変化しているという話

日常の話

何気なく読んだ本

世の中には本当にいろんな人がいて、いろんな考え方がありますよね。

自分の中の「常識」では考えられないような価値観を持つ人なんて、探せばいくらでもいる。

最近は、そういう違いこそが“時代が作り出した新しい常識”なのかもしれないと感じることが増えてきました。

今日は、ここ最近の出来事と、ふと読んだ本から感じたことを少し書いてみます。

「がんを切らずに治す」という考え方に触れて

先日、知人の旦那さんが癌になったのですが、医師の方針に従わず自然療法で治したという話を聞きました。

自然療法で癌が消えたんです。

実は私自身も昔から、西洋医学の「悪いところは切れば治る」には反対で、特に「がん」に関してはいろいろ説を聞いていますので、反対です。

どちらかと言えば東洋医学的な「悪いものは根本から整える」という考え方がしっくりきていました。

その知人の話からちょっと興味があり、その流れで古本屋で『がんを切らずになおす』という本を見つけたんです。

たまたま立ち読みしたら面白くて、そのまま購入して読んでいたんです。

「パパ」という言葉

話は全く変わるのですが、昨日仕事であるお宅へ訪ねた時のこと。

ある親子の会話が耳に入ってきました。

「パパに聞いてみたら?」

母親が息子にそう言っていたんです。息子は恐らく30代くらいでしょう。

正直、ちょっと驚きました。

というのも、私は3歳くらいで「パパ」「ママ」という呼び方は卒業していて、ずっと「お父さん」「お母さん」だったからです。

「いい年してパパ?」と、一瞬思ってしまったんですよね。

でも、すぐに気づきました。

それはただの“自分の固定概念”じゃないかなと。

法律で禁止されているわけでもないし、誰かを傷つけるわけでもない。

だったら、呼び方なんて家庭ごとに違って当然なんですよね。

むしろ、人目を気にせず堂々同い年くらいの母親が「パパ」と言うこと自体が素晴らしいんじゃないですかね。

結局“自分の常識”だった

最近、若い人たちの価値観に対して「おかしい」と感じることがあるとこのブログでも書いてきました。

でも、よく考えれば、彼らを育てたのはその時代であり、その時代を作ってきたのは私たち大人です。

それなのに私はブログで「人生はオリジナルじゃないと!」と言いながら、他人の“オリジナル”を否定していたんです。

矛盾していませんか?

ダメ人間ですね。

いい年して「パパ」「ママ」と呼ぶ家庭があってもいい。

それをダメだと決めつけていたのは、他でもない自分でした。

多くの本を読む中で、固定概念こそが自分を縛っていたんだと気づきました。

人それぞれ、人生はオリジナル。

“普通”なんて本当は存在しないのに、自分の中の常識で他人を測っていた。

そう気づいてから、いろんなことが柔らかく受け止められるようになりました。

普通じゃないからこそ、その人のオリジナルなんですよね。

読書がくれる、静かで豊かな時間

そして『がんを切らずになおす』の本に戻るんです。

固定概念が命を落とす。

中身のある本はいろんな世界が見えて、心が整うんですよね。

そこでいろいろな発見があるということも事実です。

ですから、デジタルも良いですが、アナログの世界って今になって良いと気づきました。

ちょっと強引だったかもしれませんが、本当にむすびついたんです(笑)

以上です。

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