安楽死ということが存在するのか?

日常の話

安楽死について

休日に Amazon プライムで「神の手(エピソード5)」を観ました。

全5話構成のドラマです。

内容はこちら
https://www.hulu.jp/hands-of-god

観終わって最初に出た感想は「ん~…」。

どうしても今の“量産ドラマ時代”の影響なのか、ストーリーにパンチが弱い印象が残りました。

私の評価としては、10点満点中の5点くらいでしょうか。

主演は椎名桔平さん。杉本哲太さんなど、かつてドラマ界を賑わせた俳優陣も出演していて、キャストは豪華。

全体の構成も悪くはなかったと思います。

ただ、このドラマのテーマは「安楽死」。

容認派と否定派の対立を描く、非常に重い題材です。

ところが途中から政局の話に寄ってしまい、物語の焦点がぼやけてしまった印象があります。

殺人や権力闘争が絡んでくると、現実味はあるものの、テーマの核心から少し離れてしまうんですよね。

私自身の「安楽死」への考え

実は私も、安楽死について一度真剣に考えたことがあります。

それは入院を何回かしていることと、その内容が”激痛”を味わっているからです。

某クリニックの院長夫人とも議論したことがあり、私は基本的に「容認派」です。

苦痛が続く先の見えない治療だったら楽に死なせて欲しい。

患者から言えばその一言です。

ましてや、80歳とか90歳になればなおさらと思います。

ただし、問題は“どの時点(心の決断)で認めるのか”。

ここが本当に難しいし、ドラマでもここをフォーカスして欲しかったです。

安楽死とは自分ひとりで死を選ぶ話ではなく、医師や第三者が関わる以上、現実のハードルは非常に高いと思います。

もし自分がその立場になれば、安楽死を当然の事ながら希望するでしょう。でも、それはあくまで“本人の立場”だから言えること。

世の中は性善説だけでは語れません。

第三者が関与する以上、本人の意思とは異なる「殺意」が紛れ込む可能性もゼロではない。だからこそ、制度化が難しいのでしょう。

第三者が関与しない安楽死なら簡単ですが、それはもう“自殺”と同じ話です。

自殺でさえ、他者の関与がなかったか警察が調べるほどですから、安楽死の制度化がどれほど難しいかが分かります。

結局、政治の場に持ち込まれれば、なおさら決まらない。

ドラマで描くのが限界なのかもしれませんね。

以上

タイトルとURLをコピーしました