
博多山笠の思い出
7月15日の福岡は、朝からどこかそわそわした空気が漂います。
櫛田神社の周辺は特に慌ただしく、街全体が「山笠モード」に切り替わる瞬間です。
ふと、22年前の自分を思い出しました。
36歳のとき、初めて“生”で博多山笠を観に行った日のことです。
今日はその時の記憶を少し書いてみようと思います。
突然の誘いから
当時、取引先の部長から「山笠観に行ったことがないなら連れてってやるよ」と声をかけてもらったのがきっかけでした。
その部長はもう他界されていますが、山笠の季節になると、あの人情味あふれる笑顔がふっと蘇ります。
企業人には珍しいほど温かい人で、入手困難なチケットをわざわざ手に入れてくれたことを今でも鮮明に覚えています。
しかもその席が、櫛田入りのコーナーの“特等席”。
恐らく特別な招待席だったのでしょう。
若かった私は、ただただ圧倒されるばかりでした。
最初の衝撃は「臭い」
正直に言うと、最初の印象はこれでした。
「臭かった」
男くさい、汗くさい、何とも言えない独特の匂い。
それが真夏の湿気と混ざり合って、呼吸が苦しくなるほどの空気感。
不快指数は間違いなくMAX。
でも、毎年観に来ている人にとっては、これが“自然”なんですよね。
その空気を吸い込んだ瞬間、なぜか胸が熱くなる。
気付けば私は山笠の虜になり、「いつか出場してみたい」と本気で思うようになっていました。
不思議ですが、博多山笠にはそういう魅力があります。
「山笠は私の人生です」
よくインタビューで若手アナウンサーがテンプレのように聞きますよね。
「あなたにとって山笠とは?」
そして返ってくる答えは決まっている。
「山笠は私の人生です」
格好つけているわけでもなく、これが本音なんだと思います。
客観的に見れば「年に1回の祭りが人生ってどういうこと?」と思うかもしれません。
私も昔はそう思っていました。
でも、人生の中で“熱くなれるもの”があるって、それだけで幸せなんですよね。
年に1回だからこそ、余計に熱くなる。
その一瞬のために全てを懸ける姿は、見ているだけで胸が震えます。
一生懸命になれるものがある幸せ
22年前、山笠の臨場感を全身で受けたとき、ふと思いました。
「一生懸命になれるものがある人は、どんな状況でも幸せだ」
伝統行事が次々と消えていく時代ですが、この山笠だけは絶対に残していくべきだと心から思います。
追い山の日にふと思い出した、私の山笠の記憶でした。
以上

