失敗を恐れない人が強い理由

働き方

失敗は格好良い

人生を振り返ると、「失敗しても堂々としている人」がいる。

周りがどう思おうが、何食わぬ顔で前に進んでいくタイプだ。

一見すると図太いように見えるけれど、実は彼らは「失敗=経験」と捉えている。

だからこそ折れないし、強い。

既にそういう時代になっているし、強いものが生き残る時代でもある。

今日は失敗こそが人生だという意味で自分の思ったことを書いてみようと思う。

失敗は人生の必須科目

私自身も、どうやらその「失敗=経験」のタイプと思っている。

昨日、ヤマト運輸のドライバーさんと立ち話をしたときも、彼に同じ匂いを感じた。

彼は元運送会社の社長で、会社を畳んでドライバーに転身したという。

以前、その武勇伝を少しだけ聞く機会があり、その時濃い人生を歩んできた人だと感じた。

こういう人は、失敗を恐れず、経験として消化できる能力がある。

だからこそ、社会の中でしなやかに、そして力強く生きていける。

私からすれば格好良い。

一方で、エリート街道を歩き、トラブルを避けてきた人ほど、 予想外の出来事に直面すると直ぐに折れてしまうことがある。

最悪の場合、心の病になったり、自ら命を絶つケースもある。

そう考えると、こういう人は意外ともろい。

多分、会社や人、物に依存してしまっているからではないだろうか?

以前も安部さんの事件で官僚が自殺した事件を憶えているが、その時も死ぬ選択肢しかなかったのか?と思ったことを憶えている。

ただ、会社を辞めるまでは「会社から見捨てられたら人生終わってしまう」と考えたことがあるようにほとんどの人間が依存体質になっていることも明らかだ。

今考えれば、笑い話にもなるが、当時は真剣だった。

実際、私のIT時代の先輩・後輩にも自ら命を絶った人が何人かいたが、同じ思考になっていたのだろう。

一度外の世界を知れば何ともないのだが、知らなければ会社の中が全てになってしまう。

それがサラリーマン人生なのだ。

会社は社員を弱くして、服従するようにしているから、それには勝てないだろう。

私の「失敗だらけの人生」

思い返せば、私も幼い頃から失敗を重ねてきた。

高校入試が最初の失敗でもある。

これが人生で初めての挫折だった。

滑り止めの高校で成績トップになるが、3年になるとそれから転落し、ギリギリ大学へ滑り込んだことを憶えている。

成績トップから急降下した時は流石に担任からため息をつかれ、嫌みたっぷりことを言われた。

「お前に行く大学は無い」

でも、その時は何とも思わなかったのだ。

結果、大学は最も難関だった理学部物理学科に入り栄光を勝ち取ったが、その余りの過酷さに苦しみながら劣等生を歩み、やっとこさ卒業できた。

それからバブルに乗っかって大企業へ入社したものの周囲は東大卒のエリートだらけ

「こんな会社で続くわけがない」と悟り5年で転職を決意。

転職先では営業という天職に出会うが、会社の経営の問題で10年後、退職を決意した。

ただ、今思えばこの営業との出会いが大きく人生を変えたと思う。

起業という大きな挑戦

30代後半で九州支社長から東京転勤の話がでで、その理不尽さに退職届を叩きつけてやった。

未熟な起業計画を実行に移せたのも、その転機があったからだと思う。

800万円の貯金を元手に会社を立ち上げ、 必死に働いた。

妻と二人三脚で会社を育て、 サブプライムショック、リーマンショック、コロナといった数々の大波を乗り越え、 失敗を重ねながらも事業を安定させてきた。

それが今の再生部品事業だ。

会社はマイクロ法人化し、経済の波にも影響を受けない会社を作り上げ、重税の日本で生き抜く知恵も身につけた。

これらはすべて、「失敗」から学んだものだ。

失敗は宝

私は今でも「失敗こそ宝」だと信じている。

マーク・トウェインの言葉でこんなのがある。

「やったことは、たとえ失敗しても20年後には笑い話になる。 しかし、やらなかったことは20年後に後悔するだけだ」

まさにその通りだ。

「遊びを仕事にする」「小さい会社で大きく稼ぐ」 そんなちゃらけたテーマでも何でも良い、我武者羅に生きていくということが重要だ。

自分を追い込み、目標に向かって耐え抜けば、失敗しても必ずついてくる。

その失敗こそがテコになり、必ず成功へと押し上げてくれる。

これが失敗を恐れない人生だし、私は失敗を格好悪いとは思っていない。

逆に安定を求め、最初から誰かに依存している人間を可哀そうに思っている。

むしろ、「失敗」を笑い話にできるくらいがちょうどいい。

じゃあ私は成功者か?

多分既に「成功」「失敗」というレベルはとうの昔に過ぎ去っていて、今は毎日一生懸命仕事ができ、苦痛の無い人生を生きていければ良いと思っている。

それは2018年「死を感じた瞬間」からそう思うようになった。

あの時、もし死んでいたら、今の人生がもうけもんと感じるからだ。

この歳になって人生は本当に短いと思う。

以上

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